なぜ高額な最新治療に積極的に関わらないのか | ニコニコニュース

順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授 天野 篤
プレジデントオンライン

■国民医療費は年間40兆円!

高齢化が進んでいることもあって、国民医療費が年間約40兆円になっていることをご存知でしょうか。国民1人当たりで計算すると2012年度の医療費は約31万円で、65歳以上の人は1年間で平均約72万円を使っています。週刊誌などではしばしば最新医療の特集が組まれ、多くの患者さんは、できるだけ最新の医療を受けたいと考えていると思います。しかし、最新治療には、新しい医療機器や機材、新薬が絡むので、そういうものを使えば使うほど医療費は高額になります。もともとそういった最新の医療機器や機材、新薬は実質購買価格も高いので、病院の収益は増えるわけではないのに、保険財源への負担は膨らんでいっているのです。

例えば、心臓病の分野では高齢者の増加に伴って増えている「大動脈弁狭窄症」に対する新治療として、「経カテーテル大動脈弁植え込み術(TAVI)」が2013年10月に保険が使えるようになりました。TAVIは、足の付け根などから細いカテーテル(管)を血管内に入れ、機械弁やブタやウシの心膜で作った生体弁を植え込むカテーテル治療です。

大動脈弁狭窄症は、血液の逆流を防ぐ心臓の弁の一つである大動脈弁が動脈硬化などで硬くなり、血液の出口が狭くなって血流が悪くなる病気です。この病気に対する治療の第一選択は外科手術で、機能しなくなった大動脈弁を機械弁や生体弁と取り替える「弁置換術」です。今のところ、TAVIの対象になるのは、他に持病があったり高齢であったりして、外科手術が受けられない患者さんで、これまで治療ができずに心不全が進行していた人が治療を受けられるようになったのは福音です。

ただ、問題は、TAVIの治療には患者さん1人当たり約600万円もの高額な医療費がかかることです。医療費の負担を軽減する「高額療養費制度」が使えるので、患者さんの自己負担は70歳未満一般所得の人で1カ月9万円、70歳以上一般所得の人なら44,400円で済みますが、厖大な医療費がかかっているわけです。一方、弁置換術にかかる総医療費は入院費も含めて1人約300万~400万円で、こちらも安くはありませんが、TAVIの半分か3分の2で済みます。もしも、外科手術ができる人やそれほど延命効果がない人にもTAVIを施したとしたら、無駄な医療費が膨らむことになります。今までの医療で助けられなかった人を助けるために新しい治療法や薬の開発は必要ですが、誰もがそちらに流れるのではなく、弁置換術のように、比較的低価格で、長い年月をかけて結果を出してきた実績のある医療を見直すことも必要なのではないでしょうか。

また、外科の分野で高額治療の代表格は、前立腺がんに対して保険適用になっている手術支援ロボット「ダヴィンチ」です。これを心臓病の手術にも、保険外診療(自費診療)で使っている医療機関もあるのですが、私としては、保険診療から逸脱した治療を行うつもりはありませんし、こういった最新機器を導入した手術に魅力を感じません。

■手術支援ロボットには賛成できない

この欄でも、何度か強調してきたように、私自身は、「早い」「安い」「うまい」手術を日々追求しています。その基準からみると、いまの手術支援ロボットによる心臓手術は、一般的な外科治療に比べて手術時間が長くなり、「早い」という部分を追及できない治療法です。もともと、外科学は、手術のスピードを追及することで進歩してきています。私自身は、それに逆行するような治療法は、ちょっと違うのではないかと思います。しかも、機械が高額であるだけに治療費は「高い」ですよね。また、「うまい」という要素ですが、それを使えば一段二段高いレベルでやれるのかというと心臓病治療に関しては、現時点ではそういったデータは皆無です。

「早い」、「安い」、「うまい」のすべてを充足しないということで、個人的には手術支援ロボットを使った治療に積極的に関わるつもりはないのです。確かに、前立腺のように従来型の手術だと見えにくい場所には、内視鏡を使って拡大して病巣とその周囲が見える手術ロボットを使う意義は大きいと思います。しかし、心臓血管外科の中では今のところ、手術ロボットを用いる意義が見出せません。

手術支援ロボットを使った治療法については、しばしば、手術によるキズが小さく痛みが少ないということが強調されます。でも、キズの大きさや直後の痛みより何より大事なのは、病気をきちんと治すために完成度の高い手術をすることです。医者の不遜かもしれませんが、私が行っている心臓外科手術は、できるだけ痛みを抑える治療も含めて合併症を抑える努力を心臓外科チーム全体で行い、患者さんが術後のつらい時期を乗り切ってくれれば、長期の成績はいいという手応えを持っています。

通常の外科手術でも、以前に比べると、痛みのコントロールができるようになり手術直後の患者さんの苦痛は少なくなってきました。手術のキズに関しても、心臓病が治って元気になったら手術のキズが気にならなくなるように丁寧に縫っていますので、一般的には、1年後くらいにはほとんど気にならない程度になっています。手術の結果だけではなく、手術のキズに関しても、患者さんの満足感が得られるような結果を残すようには気を遣うようにしています。

ただ、キズがきれいかどうかは、命が助かったか、病気が治ったか、患者さんの生活が改善したかといった医療の本質とは関係のない評価です。治ったからこそキズのことが気になるのであって、患者さんの側も「低侵襲」「キズが小さい」「最新治療」といった宣伝のような言葉に踊らされないようにして欲しいと思います。

■国民皆保険制度を守るための改革を

大学病院などの特定機能病院は、新しい治療の開発が使命ではあります。しかし、今のまま、急性期医療を行う病院の多くが最新治療を無尽蔵に取り入れていけば、いまの国民皆保険制度は守れません。金融資産のある人は、自分の財産を銀行預金に80%、ミドルリスクのものに10%、ハイリスクのものは5%などと、運用の割合を決めていると思います。それと同じように、例えば、特定機能病院は臨床試験5%、高額で先進的な医療15%、従来から行われてきた医療80%といったように、医療のポートフォリオの割合を決め、従来通りの治療法の価値も見直すということも必要ではないでしょうか。

患者さんの自己負担も、従来型の科学的根拠に基づいた治療の人はこれまで通りの保険診療で、高額な最新治療を選ぶ人は税金と自己負担を増やす、その中間の医療には税金か自己負担額のどちらかを増やすといったように、選ぶ治療によって負担の仕方を変えるといったように、皆保険制度を守るための改革が必要です。

日本放射線腫瘍学会が、がんの治療に使われている重粒子線治療や陽子線治療について、「前立腺がんなど一部では、既存の治療法との比較で優位性を示すデータを集められなかった」とする報告書を出したことが報道されました。重粒子線や陽子線を使った治療には高額な費用がかかります。従来の治療と結果が変わらないのであれば、こうした高額な治療が、先進医療(保険診療との併用が認められる先進的な医療)や保険診療で認められないのは当然のことです。

また、無駄な薬や検査など、まだまだ削れるところがあるはずです。実際には医療費として使えるお金は限られています。患者さんたちも、国民皆保険で自己負担額が少ないからといって、何でも病院へ行けば安心、薬をもらっておけば安心というような風潮は卒業すべきではないでしょうか。国民皆保険制度をどうやって維持するのか、医療者も医療の消費者も真剣に考えなければいけない時代が来ています。

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天野 篤(あまの・あつし)
順天堂大学病院副院長・心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。

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