圧巻の新製品発表イベントだったといえるだろう。ティム・クックCEO自らが「モンスターラインアップ」と呼ぶ、年末向けの新製品群を自信満々に発表。米カリフォルニア州サンフランシスコのビル・グラハム・シビック・オーディトリアムは熱気に包まれた。
新しいラインナップは、Apple Watch、iPad Pro、Apple TV、iPhoneの順で発表された。つまりiPodとMac以外はすべて、というわけだが、中でもハードウェア設計と性能面の向上などでインパクトを残したのはiPad ProとApple TVだ。
しかし、製品発表後のハンズオン(製品の試用イベント)では、見た目にはまったく変化していないiPhone 6sの新機能「3D Touch」のインパクトが強烈だった。後段で詳述するが、これは対ライバルと差異化する強烈な武器として機能するだろう。
そもそも昨年9月に登場した現行のiPhone 6シリーズは絶好調。しかし、新型として発表されたiPhone 6sシリーズは、さらに大きな成功をアップルにもたらす可能性がある。
新しい居場所を見つけるため、その製品構成にメスを入れたiPad Proをはじめ、ティム・クックCEOとデザインチームを率いるジョナサン・アイブ氏を核とする体制でのアップル製品の向かう方向が定まってきたといえる。
Apple Watchはどう変わる?
新色追加とエルメスとの協業モデル追加にとどまったApple Watchは、ハードウェア性能に関する大きな変化はない。低価格なアルミケースモデルにゴールド、ローズゴールドが加わり、エラストマーを用いたスポーツバンドに落ち着いた色調が加わったことで、よりカジュアルな層に訴えようとしているようだ。
しかし、それ以外の新製品は、いずれも各カテゴリにおいてアップルに投げかけられている”疑問”を取り払うものだった。
アップルが新しい製品カテゴリとして立ち上げたものの、近年、その成長が止まってしまったのがiPadだ。スマートフォンの大型化と、パソコンの小型・軽量化、タッチパネル対応の合間に挟まれて居場所を失いつつあった。しかし、今回投入するiPad Proにより、新しい立ち位置を見つけることができるかもしれない。
大型の12.9インチ液晶パネルを採用した新ディスプレイの短辺方向のサイズと解像度は、従来の10.4インチディスプレイを搭載するiPad Airの長辺とピッタリ同じになっている。2732×2048画素の画面を分割して、2つのアプリを同時に表示、操作する機能を取り入れた。
加えて内蔵するプロセッサをA9Xという最新版に強化することで、10時間というバッテリ持続時間を維持しながら高速化を図っている。アップルはこのプロセッサをパソコン並みの速度としており、2画面表示とともに生産性向上のための道具としてiPad Proを訴求する。
そのために軽量かつスタンド機能も備える、マグネットジョイントのキーボード付きカバーを新開発している。キーボードはフルサイズでストロークも充分だが、実は内部にメカニカルなキーストローク構造を持たず、ラミネートしているファブリック素材でキー全体を支え、ストロークとバックスプリングの機能を持らせることで軽量化していた。
発表会にはマイクロソフトのOffice担当者が来場し、実際にiPad Proをオフィス生産性向上ツールがサクサクと動く様子をデモして来場者を驚かせた。ハンズオンコーナーで実際に使ってみても、そのパフォーマンスに不足は感じられない。
これまでのiPadは、クラウド型サービスを使うためのディスプレイやコンテンツを再生するための画面として使われてきたが、一方でパソコン的な生産向上ツールとしては充分な満足を提供できていなかった。アップルは新型MacBookによって、”パソコン”をタブレットに近い手軽さで使えるものにする一方、Macとの競合を恐れずにiPad Proを思い切りパソコンの領域に切り込ませてきたといえる。
iPadをパソコンに近づけた
マイクロソフトは、得意とするパソコンの領域にタッチパネルとペン入力機能を持ち込み、Surfaceシリーズの完成度を高めることでビジネスにも使えるパーソナルコンピューティングの新しい形を模索してきたが、アップルはiPadをパソコンに近づける道を選んだ。
また、iPad Proには独自に開発した技術が盛り込まれている。それがApple Pencilという技術だ。
いわゆるペンタブレット機能だが、見た目にはタブレット対応による視差増加は感じられず、また滑らかな筆圧検知だけでなく、”寝かせる”ことで表現を変える角度検出機能を備える。
実際にこのApple Pencilで文字を書いてみると、驚くほど自然に筆致表現できる。角度検出では鉛筆ツールで”軽く塗りつぶすような”表現も可能だ。視差だけでなく、画面位置によるペン先位置のドリフトもなかった。
厚さは6.9ミリとiPad Airの6.1ミリ若干厚いが、画面サイズが大きいためより大きく感じられる。重さはWiFiモデルが715グラムで、これは初代iPadよりも若干軽い。
iPad Proのリリースに先立ち、アップルはIBMやシスコシステムズとの協業を進めているが、この製品によってアップルの企業向け戦略は前進するはずだ。
一部では”ほんの少し厚くなる”との情報もあったiPhone 6sシリーズだが、実際に登場したiPhone 6sは新色としてローズゴールドが投入された以外は、見た目もほとんど変わらない。
予想された通り、より高速なプロセッサ、より高速なグラフィックス、より認識速度が速い指紋センサーへの進化は遂げているが、おなじ筐体のまま部品を新しくしただけ。アップデートされる年次更新モデルらしい、「よりよいiPhone 6」に他ならない。
iPad Proのような鮮烈な印象はないが、しかしハンズオンで実物に触れてみたとき、もっとも大きな印象を受けたのはiPhone 6sシリーズだった。なぜなら、新たに投入した3D Touchという機能が、Androidスマートフォンとの明確な差異化を実現していたからだ。
3D TouchとはApple Watchで導入していた”フォースタッチ”という機能を、”タプティック・エンジン”という感触を振動で指先にフィードバックするメカニズムと組み合わせたタッチ操作だ。
アップルの独自技術も盛り込まれている
フォースタッチは指を押しつける強さを検出するもので、他社でも指が触れている面積の変化を検出するものもあるが、アップルの技術はもう一歩進んで強さを正確に検出できるようだ。
これにタプティックを組み合わせ、ギュッと押し下げた時に特定機能が働き、さらに強く押し込むと別の機能へと遷移する様子が指先に伝わる。
たとえばメール一覧で目的のメッセージをギュッと押し下げると”カツン”と振動が伝わり、メッセージを”ピープ(覗くこと)”ができる。そのまま指を離せばメール一覧に自動的に戻るが、さらに強く押し下げるとさらに違う”カツン”が指に戻り、メッセージウィンドウが”ポップ”する。
ちなみにメールの場合、ピープしているときに指を左右にスワイプすると削除やアーカイブがワンタッチでできたり、あるいは上にスワイプさせればメッセージに対する操作アクション一覧が出るといったユーザーインターフェイスが取り入れられていた。
このピープ&ポップが基本ソフト側で管理され、新型iPhoneに対応したアプリのユーザーインターフェイスの幅を拡げるようになっているのだ。
3D Touchは他にも、写真閲覧やアプリ起動時のオプション選択(たとえばSNSソフトで起動時にメッセージ送信を行う画面を直接呼び出すなど)リストを呼び出すなど、さまざまな部分に応用されていた。
4Kビデオ撮影機能や、レリーズ前後合わせ1.5秒を記録するライブフォト機能、カラーフィルターのクロストークを改善し画素数を1200万画素まで増やしたカメラ機能も新しい機能だが、3D Touchが極めて重要な理由は、ライバルが簡単には導入できないと予想されることだ。
これはハードウェア技術の面もさることながら、ユーザーインターフェイス特許の問題、それにアプリを開発してもらうための環境作りなど、今からライバルが取り組んでも追いつくのに時間がかかるためだ。
ユーザーが3D Touch機能に慣れ、アプリ開発者も使いこなすようになれば、アップルにとっての大きな武器になっていくかもしれない。
一方、Apple TVは4K映像再生の機能こそ対応していないものの、新リモコンやSiriへの対応、それに”アプリエコシステム”構築へ本格的に乗り出したことで、単なる映像ストリーミングサービスの受信用機器という枠から大きく踏み出すものになった。
Apple TVはSiriを使った動作も可能に
タッチ操作を用いたリモコンはマイクも内蔵しており、日本語にも対応するSiriを使った音声操作が可能だ。かなり柔軟な操作が可能で、好きな役者の名前を使い「○○が出演している最新映画(あるいはテレビ番組)」といった検索や、役名による検索、”今週”、”昨年”といった時系列の言葉なども認識し、iPhoneによるSiriと同様に会話によって好きなコンテンツを探すことが可能となった。内蔵プロセッサはiPhone 6シリーズ同等のA8プロセッサで、全体に応答性が極めて高くなっているのも特徴だ。
アップルはApple TV向けにtvOSというiOSの派生バージョンを定義し、開発者ツールを提供する。開発ツールを用いることで、テレビを使ったショッピングサイトやゲームを開発できる。ゲームをはじめとするアプリからは、モーションセンサーをやタッチパネル、マイクなどの、新型リモコンが持つ機能も利用できる。
ゲーム専用コントローラーの提供については発表会場では言及がなかったものの、サードパーティ向けにコントローラインターフェイスのライセンスを開始するという。
アップルは、カジュアルなゲームユーザーをここに取り込むことができるかもしれない。アップルのGameCenter機能を通じ、同じゲームアプリの進行状況を同期させながら、iPhone、iPad、Apple TVの間で行き来しながらゲームを進めることも可能とのことだ。
PlayStation 3以上、あるいはXbox 360以上のコンソールゲーム機ビジネスには大きな影響は(現時点では)与えないと思われるが、任天堂Wiiなどのカジュアル・ファミリー層を狙ったゲーム機プラットフォームは、新しいApple TVの浸食を許すかもしれない。
ただし、Apple TVは、インターネットによる映像配信サービスが豊富な米国の状況を反映した商品設計となっている。人気スポーツジャンルの競技団体自身が、スコア情報や映像コンテンツをネットで提供している米国に比べると、日本はApple TVの活躍する場は狭い。新Apple TVが日本でどのような位置づけになるかは、10月中とされる製品出荷時を見るまでは判断できないだろう。
また北米でのサービスも、たとえばAT&Tが運営しているDirecTVのインターネット配信チャネルとApple TVの機能を統合するといったアイディアを盛り込んでくるかもしれないと考えていたが、ひとまずは”より良いApple TV”という領域にとどまっている。
噂では音楽コンテンツサービスにおける”Apple Music”のように、新しい映像サービスをアップル自身が提供するのではないか?という話もあるが、映像配信サービス面の大きなアップデートは今回はなかった。
さて、こうしてアップルの発表会を振り返ってみると、昨年の発表会で感じた足踏み感、閉塞感(ビジネスの伸び悩みといよりも、イノベーターのアップルから、現行ビジネスを守る保守的なアップルへの変化)はなく、スマートフォンやタブレット端末といったジャンルで、まだ前進できる余地、可能性を示したという意味で充実したものだった。
iPad Proに関しては新たなチャレンジとなる。一方で、新型iPhoneは明らかに勝ち戦である。ライバルが進化の方向性、切り口を見出せない中で、さらなる足場固めをするのに充分な要素を埋め込むことができたといえるだろう。