クマってとても賢いんです。
おそらく、どんな功名な技術を使ってもクマから食料を守るのは難しいのではないでしょうか。さまざま仕掛けを考えても、彼らは道具を巧みに操って食料にありつき、その方法を仲間たちにも教えます。すべてのクマが人間の新しい技術を攻略するまでに20年もかかりません。
かつて、アウトドア愛好家はクマの心配をすることなくテントの中やキャンプファイヤーの近くで食料と共に寝ることができました。人間がいるだけでクマは寄ってこなかったからです。ところが1950年代や60年代にバックパッカーなどレジャーとしてアウトドアを楽しむ人たちが増えるにつれ、クマの人間に対する警戒心も薄れてきてしまったようです。結果として、クマは人間の食料を襲うようになりました。
そこで、クマに対抗するために食料を木に吊るしはじめる人もでてきました。しかし、1980年代までにはその対策もクマたちに突破されてしまったのです。次に発明されたのはクマ対策用の食料コンテナ。壊すのが難しいプラスチックで出来た容器で、開封するためには爪で2つのタブを押さえながら先端部分をひねるという複雑な動作をしなければなりません。しかし、これも米ニューヨーク州のアディロンダック山地に現れたとあるクマによって開け方を発見されてしまいました。
彼女の名前はYellow-Yellow。耳につけられた黄色いタグにちなんでつけられた名前です。かわいそうなことにYellow-Yellowは2012年にハンターに殺されてしまったのですが、同じ地域で彼女と同じ方法で食料を盗むクマたちの出没が相次いで報告されました。クマ対策用の食料コンテナ製造者はアディロンダック山地での製品の使用を最早推奨しておらず、賢くなってしまったクマたちに対抗する新たな製品を開発中とのこと。クマと人間の戦いはエスカレートしているようです。
Yellow-Yellowがマーシーダム近くでキャンプをしている人たちのバックパックを盗む様子
さて、このクマvs人間の食料をめぐる戦いについて米GizmodoのWes記者が実体験をもとにいろいろと考察してくれましたよ。
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さかのぼると2007年。イングランドからアメリカに引っ越したばかりの頃、Yellow-Yellowがよく出没していたマーシーダムでクマと遭遇したことがありました。とある夏の金曜日、仕事後にブルックリンを飛び出して夜10時頃にアディロンダック山地の登山口に到着し、はじめての夜のキャンプをするためにそこから数マイルの距離を歩いていきました。それは僕にとってその地域のはじめての旅行だったし、3日かけてアディロンダック山地で一番高い山であるマーシー山の頂上まで登る予定でした。
ダムの近くにある整理されたキャンプ場に到着すると、空いている場所を探して回りました。既にたくさんのハイカーがそこで寝ていたんです。ただそのとき気づいたのは、森の中で動き回っているのが僕だけじゃないということでした。クマたちが、やぶの中を歩いたり、ゴミ箱を引っ掻いたり、キャンプ場に侵入していく物音が聞こえました。それはショッキングな体験でした。なんせ、そんなに大胆に人間に接近していくクマたちがいるなんて思ってもいませんでしたからね。
アディロンダック山地はアメリカで都会人に大人気のアウトドアスポットでした。だから1980年代の半ばくらいからクマたちは人間と接する機会が多くなり、人間が食料を持っていることを学びました。当時、アディロンダック山地はニューヨーカーに人気のスポットで、いつもにぎわっていました。アウトドア慣れしていないニューヨーカーたちの食料はクマたちの主要な食料源だったというわけです。
そんなことも知らなかった僕は、単純に地図上で一番高い場所を選んでマーシー山を登る計画をたてました。今までアメリカ、カナダ、ヨーロッパ中を旅してきましたが、一度もこんなに厚かましいクマたちに遭遇したことはありませんでした。それに、クマたちがすぐ外でうろついているのにテントの中で健やかに眠っている人たちは正気の沙汰じゃないと思いましたね。クマ対策用の食料コンテナについては聞いたことはありましたが、その有用性には懐疑的でした。実際、コンテナを持っていなかったし、使ったこともないし、そもそもコンテナを運ぶために大きめのバックパックを購入する気にもなれませんでした。
それなので、以前からクマ対策に使用されてきた方法を頼ることに決めました。背の高い木に食料の入った袋(ベアバッグと呼ばれます)を吊るし、同じ重さの袋で釣り合わせるという方法です(下図参照)。食料を吊るすとすぐにフンフンという鼻息が聞こえてきました。最初は仲間がからかっているのだと思いましたが違いました。クマだったのです。僕はクマをやぶの方へ追いやり、それから荷造りと食料の見張りを交替で当番しました。その夜は食料をぶらさげてあるダムの隣りで眠り、朝になってから他の場所へと移動しました。
ベアバッグ(食料を入れた袋)を木に吊るす方法には2種類あります。1つは、木にロープを投げかけてベアバッグを結び、反対側のロープの端を幹に結びつけるという方法です。もう一つは、カウンターバランスと呼ばれる方法で、先述したように同じ重さのベアバッグを吊るし、棒を使って位置を微調整したり降ろしたりする方法です。後者は地上近くからベアバッグに到達するための繋ぎがないため、より安全な方法だといえるでしょう。
クマが後ろ足で立っても届かないように充分地上から離れた枝を見つけるというのがベアバッグを吊るす際の基本です。また、枝はクマが揺らしても動かないくらいの太さがあり、幹からも充分遠いものを選びます。しかし、クマたちはロープを幹からほどく方法やちぎり方を学び、中には木をよじ登ってベアバッグのぶらさがった枝までジャンプして奪い取るものも現れました。木が頑丈でなかったら最後、カウンターバランスで吊るされたベアバッグは簡単に揺らして落とされてしまいます。
このようにクマたちがベアバッグを簡単に攻略してしまうようになったので、今では米国森林局はカウンターバランスを「遅延策にすぎない」と評しています。また、同局はこうも述べています。
もしカウンターバランスの方法で食料を守ろうとお考えなら、ただ吊るしておくのではなく積極的に食料を守る姿勢が必要です。たとえば、キャンプ場からクマを追い払うために頻繁に脅かすのも有効的でしょう。しかし、それでもクマたちは食料にありつく方法を見つけ出す恐れがあります。ベアバッグを奪うために枝ごと食いちぎってしまうクマが現れるかもしれません。とにかく辛抱強いクマたちはなんとかして食料にありつくでしょう。
警察犬などに採用されるブラッドハウンドは最も嗅覚の優れた犬種です。しかし、クマの嗅覚はそのブラッドハウンドの7倍も優れているのです。クマが食料のありかを探し当てるのは防ぎようがありません。クマ対策用の食料コンテナは、食料の在り処がバレても中身を取り出されないように開発されたものです。
製造者によると、コンテナは頑丈なポリカーボネートで出来ているため、どんな衝撃を受けてもびくともしないとのこと。しかし、先ほど触れたようにYellow-Yellowはこのコンテナの開け方を習得してしまいました。
コンテナの製造会社BearVaultの創業者であるJamie Hagan氏は以下のように語っています。
2007年の夏の間に、Yellow-Yellowはまるで人間と同じように我が社のコンテナを開ける術を身につけてしまいました。唯一の人間との違いは、彼女は指の代わりに犬歯を使ってラッチを押していたという点です。短い期間で試行錯誤を繰り返し、注意の対象をラッチ部分に向けたというのはすごいことだと思います。夏の終わりまでに彼女はコンテナの確実な開け方を学習してしまいました。我々は2008年に新たなラッチを追加しましたが、それでも彼女の勢いは止まりませんでした。彼女はとてもユニークで、まるで自然淘汰が何であるかを体現しているかのような存在でした。
しかし賢いのはアディロンダック山地のクマだけではありません。ヨセミテ国立公園のクマたちはコンテナを高い崖から岩に投げつけて粉砕し、飛び出た食料にありつきます。また、大型ごみ容器や車のドアの開け方も学習し、更にはフロントガラスを前足で壊すのに最適な方法まで編み出しました。
ワシントン州立大学のクマ研究センターでは、クマたちが仲間同士の学習に道具を用いることを確かめるために捕獲したヒグマを研究し続けてきました。そんな中でも一際目立ったクマがいたのです。名前はKio。10歳のドーナッツが大好きなメスのクマです。
研究者はCBCニュースに対してこう説明しています。
彼女は食料を獲得するという目的を達成するために周囲の物を上手く活用します。この行為は道具使用の定義に当てはまるでしょう。
実際、Kioは吊るされたドーナッツに届きそうな切り株を探し、適切な位置に置いて固定し、その上に乗って見事ドーナッツを獲得することができたのです。
研究者はこう続けます。
問題解決する能力があるということは、その種族が創意工夫できることを意味します。この能力は、住む場所や食料源が変化したときに重要になってくるのです。
これまでにない難しい問題に直面したとき(たとえば、人間が食料を守る新しい方法を考えだしたときなど)、それを解決する方法や道具を見つけ出す能力は技術の定義に当てはまります。つまり、クマたちは技術を開発できるのです。更に特筆すべきなのは、クマたちはその技術を他のクマたちに広めることができるという点です。
ではクマたちは一体どのようにして技術の伝承を行なうのでしょう? 研究者たちがYellow-Yellowの生態を研究しているとき、彼女は数頭の子グマを産みました。そこで明らかになったのは、子グマたちは人間の子どもと同じようにお母さんグマの行動を観察して真似るということです。望んでいる結果が得られるまで行動を繰り返すのです。
Yellow-Yellowがどのようにコンテナを開けていたのかはなかなか解明されませんでした。というのも、近くで観察するのが難しかったからです。しかし、開けられたコンテナを注意深く見ていくと、彼女がタブを押すのに犬歯を使っていたことが明らかになったのです。
Yellow-Yellowを追跡してきた野生動物の専門家であるBen Tabor氏はニューヨーク・タイムズ誌にこう語っています。
私は彼女が他のクマたちより賢いとは思いません。ただいえるのは、彼女には学ぶ時間が沢山あったということです。
まぁ何にせよいえるのは、現在使われているクマから食料を守る方法は、最早使いものにならないということです。自然淘汰の過程で食料に上手くありつけるクマたちが生き残っていき、彼らは多くの子グマを産んでいくでしょう。そして、子グマたちは自分で食料コンテナを開ける方法を学習し、結果として技術が広く伝承していくのです。
Yellow-Yellowや彼女の仲間たちに対抗するため、BearVault社はより高度な技巧を凝らした製品をデザインしてきました。開けやすいシンプルで直感的なデザインを保ちながらもクマにとっては十分複雑なロック機能を追加したり、軽さと頑丈さを同時に備えた製品を開発したり...。中には開けるのにドライバーなどの道具を必要とするデザインもありました。しかし、そのすべてがクマに打ち負かされてしまったのです。
そもそもなぜクマ対策に取り組むことがそんなに大切なのでしょう。もちろん夕飯を奪われたら悲しいというのもありますが、クマから食料を守るということにはそれ以上の意味があります。人間とクマの接点を減らすことで種を守るのです。往々にして危険とみなされたクマたちは人間に撃ち殺されてしまいます。だから、こういった対策は人間だけではなくクマにとっても大切な取り組みなんです。
ただ、今のところ理想的な解決策というのはありません。僕はよくクマ対策に犬を一緒に連れて行きますが、国立公園では許可されていません。人気のキャンプ場ではクマから荷物を守るロッカーが設置してあるところもありますが、それ以外ではやはりカウンターバランスかコンテナで食料を守る方法が一番でしょう。クマ撃退スプレーや笛、フレアガンなんかも使えるかもしれません。しかし、そのどれも根本的な問題の解決にはならないのです。
最早、私たちの開発する技術はすべてクマたちに突破されてしまいます。彼らは賢すぎるのです。
Wes Siler - Gizmodo US [原文]
(阿部慶次郎)