「安保法案は欠陥法案ですよ! だってそうでしょう? 自衛官は海外の戦場に派遣されるという契約で入隊しません。それを海外に派遣するなんて民間企業なら労働協約に反する行為です。絶対に許せません」
国会前や都内繁華街周辺で行なわれている安保法案反対のデモに、地元・大阪から駆けつけたパート主婦・Tさん(44歳)は安倍政権が推し進める“右傾化”した政策に深い憤りを覚えると言う。
大阪から東京まで、片道3200円の深夜バスに乗ってやって来るというTさんだが、安保反対デモに参加する“普通の主婦”はどういった人たちなのか。筆者は何人かの女性をつかまえて、話を聞いた。
ネトウヨからフルボッコにされる日々Tさんは経済的事情から大学への進学を断念。高校を卒業後、大阪市内の信用金庫に入職した。当時、初任給は約15万円だったという。世はバブル景気の時代、好景気といわれていたがその実感はなかった。
「その頃、流行していたラルフローレンのスウェットひとつ買うにも財布の中身を気にしなければいけませんでした。1万円ちょっとだったと思います。でも20年前、私のお小遣いは1か月2万円です。お財布状況は厳しいですよね」(Tさん)
働けど働けど楽にならない生活で見出したのが労働組合での活動だった。そこには自分と同じような疑問を持つ仲間がいる。それが心地良かった。
「資本主義社会だと稼ぐ力がある人はいいでしょう。でも、そうではない人も世の中にはいます。今、パートで1日働いても8000円にもなりません。これこそ安倍政権、橋下市政の“圧政”ですよ」(同)
こうした思いを、Tさんは2ちゃんねるやTwitter、ヤフー掲示板に書き込みをしてきた。もちろん実名ではなく、HNでの匿名の書き込みだがネトウヨからフルボッコにされても怯んだことはない。
「ネットユーザーの多くは、どうもただ時流に乗っているだけで自分の頭で考えているとは思えません。特にネトウヨと呼ばれる人は、世間で伝えられているよりも収入面でも恵まれている人が多いといいますよね。だから国とか社会とか自衛隊とか言えるんです。『今日の夕食代を200円以内に抑えるには?』とか、そんな家事や家計とは無縁の人ではないでしょうか」(同)
心情的には「反原発」だが夫は原発作業員Tさん同様、安保法案反対のデモの様子を見に来ていたアラサー、アラフォー主婦たちのなかには、ネット上で左翼的な発言を繰り返す人が多かった。ネット上では“ブサヨ”と呼ばれる人たちだ。静岡県からやって来たというMさん(39)もその1人だ。
「Twitterでの書き込みでトラブルになると、ネトウヨの人は自分たちの仲間がいるんでしょうね。すぐに連帯して攻撃してきます。もちろん1人がいくつものアカウントを持って大人数に見せかけているのでしょうけど。やり方が姑息ですよね。似たようなことがリアル社会でも起こっているように思います。『大勢で徒党を組めばそれが正義』というネット社会と同じような風潮が現実社会でも定着しつつある。恐ろしい」
Mさんの夫は飲食店を経営していたが、リーマン・ショック後の不況で廃業した。以来、建設作業員として働いているという。最近では福島県内で原発作業員をしている。日給月給の仕事で、収入は日給8000円だ。
「うちの稼ぎが悪いといえばそれまでです。危険な仕事に従事して、この日給と思うこともあります。でも、我が家では原発の事故は、正直、“働き場”を与えてくれたというところもあります。それまで不安定な日雇いばかりでしたから」(Mさん)
心情的には“反原発”だが、福島原発の事故以降、募集された作業員の職があったからこそ生活が安定したという。そんなMさんの目には安保法案は、「働き口のない人たちへの雇用の場作り」にみえるという。
「働き口のない人が増えれば、戦争を起こせばいいという話を聞いたことがあります。今回の安保法案も海外への自衛官派遣という実績ができれば、その次は徴兵制など国民が戦争に参加する流れになっていくでしょう。でも、それで生活が安定する人も出てくると思うと何ともやり切れないですね」(同)
「安保反対」「反原発」を叫ぶ、こうしたいわゆる“ブサヨ”の人たちと実際に会ってみると、いずれも政治的関心が高かった。生活費も厳しいなか、東京までの旅費をを捻出し、宿泊はネットカフェと節約しながらデモに参加したり、デモの様子を自分の目で見て心のなかで声援を送っているのだ。
だが、わざわざ東京にまでやって来てデモに参加したTさん、Mさんらの願いもむなしく、安倍政権悲願の安保法案は、参院での採決結果の如何を問わず憲法59条による規定、いわゆる「60日ルール」に基づき9月14日には成立する運びだ。
(取材・文/鮎川麻里子)