司法取引の導入や通信傍受の対象拡大、取り調べ可視化(録音・録画)の一部義務化などが盛り込まれた刑事司法改革関連法案が9月10日、参議院で実質審議入りした。ただ、成立までの審議の見通しは立っておらず、継続審議になる見込みだという。
「司法取引」は、被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにした場合、その見返りとして、検察官が起訴を見送ったり求刑を軽くしたりできる制度。対象となっている犯罪は、詐欺・贈収賄や企業の経済犯罪、薬物・銃器犯罪などに限定されている。
「関係ない人が冤罪(えんざい)に巻き込まれる」という批判もあり、衆院法務委員会での与野党協議では、「捜査機関と容疑をかけられた人が協議する過程に、弁護士が常時、関与する」という修正が盛り込まれた。また、司法取引に関する記録を捜査機関が作成することも確認された。
この「司法取引」について、刑事事件に取り組む弁護士は、どう受け止めているのだろうか。小笠原基也弁護士に聞いた。
●「弁護士の関与は歯止めにならない」「『他人の罪を申告する』ような司法取引は、冤罪を生み出しかねないという危険があります。
司法取引によって出てきた虚偽の情報に基づいて逮捕されたりすれば、たとえ最終的に証拠不十分で不起訴や無罪になっても、取り返しのつかない損害を受けることになりかねません」
弁護士の関与は、歯止めにならないのだろうか。
「協議に弁護士が関与しても、その後の捜査に弁護士が関与するわけではないので、弁護士の関与は歯止めになりません。
いまは対象犯罪が限られていますが、今後、共謀罪や独立教唆罪もある特定秘密保護法などにも拡大されることになれば、このような弊害が生じる危険性は一層大きくなることになります。
また、日本の場合、他人の罪を明らかにしたからといって、その人を軽く処分するということが、国民感情に沿うとは思えません」
●取引に応じるかどうかは「検察官しだい」「日本のルールでは、刑事事件の被疑者を起訴するかどうかは、検察官が裁量判断によって決めることができます。このような考え方を『起訴便宜主義』といいます。
実際にこれまでも、他人の捜査情報を提供する代わりに、検察官が被疑者を不起訴にしたり、罪名を軽くするといった取引は、この起訴便宜主義の中で、行われているとされています。
このような取引には厳密な運用ルールがなく、取引の過程も不透明だという弊害があります。そのため、法制審議会の場ではこのような取引について『ルール化・透明化』をしたほうがよいといった議論もなされていました。
しかし、今回の司法取引制度の導入によって、従来の『取引』が禁止されるわけではなく、この点で改善が見込めるわけではありません」
●検察にとっては「大きな武器」だが・・・被疑者・被告人にとっては、有利な制度とは言えないのだろうか?
「実務的にも、被疑者・被告人や弁護人にとっては、使いどころが難しい制度です。それは、取引に合意するかどうかの裁量が、検察官に与えられているからです。
たとえば、被疑者側が詳細な情報を提供したにも関わらず、取引に応じてもらえなかった場合、情報を取られただけで終わる可能性があります。一方で、開示する情報を制限すると、検察官が情報の真実性を判断できず、取引に合意しないということにもなりかねません。
つまり、どの程度の情報をどの時点で提供するかについて、被疑者側は非常に難しい選択をしなければならないことになります。
結局、この制度は、検察官に合意をするかどうかについての裁量が与えられている点で、検察官にとっては、有意な情報を取得するための大きな武器となりますが、被疑者・弁護人にとっては、さほど有用な制度ではないと考えられます。
取り調べの録画の対象が著しく狭い範囲でしか認められないのに対し、通信傍受の拡大とともに、この司法取引という強力な武器が捜査側に与えられるため、検察不祥事から始まったこの『改革』は、『検察の焼け太り』と言えるものでしょう」
小笠原弁護士はこのように指摘していた。
刑事司法改革関連法案は、国会での審議日程にめどが立たず、継続審議となる見込みだ。この際、司法取引について、もっとじっくりと議論してもらったほうが良いのかもしれない。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会 委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員
事務所名:もりおか法律事務所