いったいどこまで借金を膨らませるのか──。
「着実に稼ぐ時期に入った。純有利子負債は2014年度にゼロになり、借金会社のイメージは変わるだろう」。ソフトバンクグループの孫正義社長がこう宣言したのは2009年のこと。だがその後、借金ゼロ宣言を撤回。13年、米国の携帯会社スプリントを1.8兆円で買収するなど、一気に攻めの姿勢に転じた。
結果、積み上がった借金は11.6兆円と、売上高8.6兆円を上回る異様な水準だ。これに対し、事業会社ソフトバンクの藤原和彦CFO(最高財務責任者)は、「さまざまな選択肢のために、いい条件で資金調達している。手元資金を厚くして機動的に対応するのは非常に合理的だ」と言ってのける。
買収で借入金が膨らんだほか、過去2年で際立つのが社債の急増だ。2013年度は7740億円、14年度は1.55兆円を調達。たとえば、2014年に発行した5年物の個人向け社債は、金利が1.45%。超低金利下にあって、預金よりも高い利回りを求める投資家から人気を集め、国内で起債すると即座に売り切れる。
さらに今年7月、複数の外貨建て社債を発行、合計5530億円を集めた。うち、10年債の金利はドル建てで6%、ユーロ建てで4.75%。通貨スワップで円に換えたベースの金利は3~4%。「海外調達にしたのは長期の資金をターゲットにしたから。国内は長くて5年。海外の金利は多少高いが、歴史的に見れば最低の水準」(ソフトバンクグループの後藤芳光財務部長)という理由からだ。
社債発行拡大の狙い
借金を膨らませたのには、スプリントに次ぎ、米国でTモバイルUSの買収を狙っていた側面もある。ただ、2014年夏に買収を断念した後も、アグレッシブに資金調達をした理由は、次の勝負に向けた機動力の確保だけでない。「(調達先が)どれか一つに偏ると交渉力がなくなる」(君和田和子経理部長)との意識も大きいようだ。実際、従来は銀行借り入れが主体だった有利子負債は、6割を社債が占める。
S&P・レーティング・ジャパンの吉村真木子主席アナリストはソフトバンクグループの財務内容について、「社債、借入金、保有株式の売却など、資金調達の手段が多く、財務の柔軟性が高い」と、一定の評価をする。BNPパリバ証券の中空麻奈チーフクレジットアナリストも「資金調達に四苦八苦した過去の歴史は大きい。金利先高感がある中で、長期資金を調達するのは当然」という見方だ。
ただ、つねに借金頼み、というわけにもいかない。今後の軍資金を蓄えるという意味で、本来なら、フリーキャッシュフローの改善を図ることが最優先のはず。かつてジリ貧だったボーダフォン日本法人はグループ傘下に入りよみがえった。そして今、キャッシュフロー改善のカギを握るのが、スプリントの再建である。
目下、スプリントは徹底した低価格戦略を推し進めているが、ネットワーク品質でライバルに及ばず、契約獲得ペースも鈍い。4~6月期はTモバイルUSに契約数で抜かれ、4位に転落した。4兆円超の有利子負債を抱えており、ソフトバンクグループの支払利息3665億円のうち、約7割をスプリントが占める。設備投資負担も重く、フリーキャッシュフローもマイナスが続く。
リースの活用が妙策に?
活路が見えにくい中、新たな手法による改善策が示された。8月4日に孫社長はスプリントの決算発表後に行われた電話会議に初めて参加。財務負担の軽減を目的に、リースファイナンス会社を設立することを発表したのだ。同月6日、日本で行ったソフトバンクグループの決算会見で孫社長は、スプリントの社債を増やさず、新株発行による資金調達も行わずに、設備投資と収益改善を進める方針を打ち出している。
前出の藤原CFOは、リースファイナンスについて、「割賦債権の流動化と似た仕組み」と説明する。日本では資金回収を早めるため、携帯電話の割賦販売による債権を流動化し、それを運転資金に活用している。詳細は未定だが、スプリントの場合、ユーザーと結んだ端末のリース契約を債権として、新設会社を使って“資金化”する形になりそうだ。
大和証券の大橋俊安チーフクレジットアナリストは、「(新会社設立は)キャッシュフロー上はプラス。資金調達能力に乏しい会社には、こうした仕組みが重要。どれだけ現金の支出が減らせるかをチェックしたい」と語る。
孫社長は決算会見で、「スプリントを必ず改善してみせる」と明言し、テコ入れに邁進する姿勢を示した。それから10日余り。孫社長がほれ込んで2014年に迎え入れた、元グーグル幹部のニケシュ・アローラ副社長が「これからのコミットメントを示すもの」として、個人で600億円の自社株買いを行うと発表。その意気込みに市場は驚いた。
スプリント再建の行方は、グループ全体の財務改善のみならず、今後の成長を大きく左右する。ただ、「皆さんより2年先を見ている」という、孫社長。将来の展望が変われば、目線を切り替え、次なる大型買収に打って出る可能性も十分ありそうだ。
(「週刊東洋経済」2015年9月12日号<7日発売>「核心リポート03」を転載)