世界一のブランドに!「日本製時計」シチズンの終わりなき戦い【2】 | ニコニコニュース

(右)シチズン時計 時計開発事業部 時計開発部 先行開発課 課長 八宗岡 正氏(左)シチズン飛躍のきっかけとなった2003年発売の「フルメタル電波時計」。
プレジデントオンライン

セイコー、シチズン、カシオの国内時計大手が業績好調だ。彼らは、高級腕時計市場を支配するスイス勢にどう対抗したのか? 「技術のシチズン」と呼ばれてきた生真面目なメーカーの変身物語。

※第1回はこちら(http://president.jp/articles/-/16135)

■自信を取り戻した電波時計の大ヒット

00年前後、スイス勢は多くの強力なブランドを擁するようになっていた。これに対抗するためには、やはり「シチズンブランドの確立」という新たな地平を切り開くことが必要だ――。そういう共通認識が社内で芽生えてきた。今後のシチズンブランドについて議論するためのプロジェクトチームが社内に立ち上げられ、そこにヨーロッパから帰国したシチズンホールディングス 代表取締役社長 戸倉敏夫も加わっていた。議論のなかで出てきたのは、「シチズン独自の技術を付加価値(ブランド)の一つにしていこうという流れ」(戸倉)だった。昔から「技術のシチズン」と呼ばれ、いくつもの「世界初」の時計技術を開発してきたというのが理由だ。

開発陣は会社が停滞するなかでも、愚直に時計の最新技術を研究し続けていた。それが一気に花開いたのが、03年に発売され大ヒットした価格5万円の「フルメタル電波時計」だ。

電波時計とは、誤差が10万年に1秒という正確な原子時計をもとに送信される標準電波を受信し、自動的に時刻やカレンダーを修正する機能のこと。

それまでのシチズンの電波時計は、電波を受信するためにアンテナを外付けするしかなかった。だがそのために電波時計のデザインは不格好なものになり、消費者の反応はいま一つだった。

そこで苦心の末、超高感度アンテナを開発、電波を通しにくいステンレスなどの金属素材の時計ケースにアンテナを内蔵することを可能にした。これがフルメタルという技術である。

時計開発事業部の八宗岡正時計開発部先行開発課長はこう語る。

「消費者の皆さんの要望があって、どうしても(外装が金属製の)格好いいフルメタルケースにこだわった。でも、アンテナをフルメタルケースの中に入れると、電波が受信できず使い物にならない。仕方ないから、プラスチックで覆ったアンテナを外装の横にくっつけようとか、いや、アンテナ自体をくの字に曲げて外枠にぴったり合わせようとか、いろいろ試行錯誤しました。しかし最終的には、フルメタルケースに入れられる超高感度アンテナを開発するしかないと決めて頑張った」

また、このフルメタル電波時計には当時のシチズン製腕時計としては高額の「5万円」という価格をつけたことも画期的だった。戸倉はこう語る。

「03年といえば、私がまだ(合併前の販社である)シチズン商事の取締役の頃で、値付けをめぐり議論が紛糾したのを覚えています。工場からは『何で、5万円で売れないんだ』という声が強く出たものの、販売サイドから見ると、かなり難しいなと思われていた」

最終的には、全社の意見がまとまって恐る恐る「5万円」の値付けをしたのだが、空前の大ヒットとなった。「高くても売れるんだ」という成功体験が、「シチズン独自の技術をブランド化する」という流れを大きく加速させていったのだ。

国内営業一筋の村上恵信国内時計営業本部第一営業部長は、このヒット商品について感慨深げに話す。

「これは非常に大きいブレークスルーになりました。シチズンの技術力の高さを物語ると同時に、フルメタル電波でもNHKの時報と変わらない精度を持つ点が、新しい物を欲しがる男性の心にグサッと刺さったんです。それで、5万円という価格帯にもかかわらず、その壁をいとも簡単に越えていった」

■エコ・ドライブのブランド化に成功

もう一つ、シチズンが自社のブランディングに活用しようと思い定めた代表的な独自技術がある。冒頭で中国人に人気だった「エコ・ドライブ」というソーラー発電機能である。

エコ・ドライブは、太陽光や蛍光灯などの光をエネルギー源にして、時計を動かす技術だ。文字盤を透過した光を内蔵した太陽電池(ソーラーセル)で電気エネルギーに変換し、それを二次電池に蓄えて時を刻む仕組みだ。

シチズンはまだ世の中が環境問題に今日ほど関心が高くなかった76年にこの技術を開発し、地球上どこでも光さえあれば動き続ける時計を進化させてきた。

入社以来、エコ・ドライブの開発一筋できた時計開発事業部の福田正己時計開発部長は、エコ・ドライブの革新性をこう話す。

「太陽電池の上に普通の文字盤を載せると、光が通らなかった。そこで、外見は普通の文字盤なのに、実はそこを光が通って十分に時計を動かすだけの電力を確保できるようにしました。もちろん、時計自身の消費電力を下げる工夫をしながらです」

このような革新的技術によって、「進化を続けるクォーツ時計」が自分たちの生き残る道だと思いを決めたシチズン。00年代半ば以降、「最新技術を搭載した」高機能クォーツ時計の開発・製造に力を注ぎつつ、「メード・イン・ジャパン」の信頼性を核にしたブランドイメージの強化を図っていく。

ブランディングの一環として、特に力を入れたことの一つがデザイン力の強化だ。08年に東京・表参道にデザインスタジオを設けて、常に5人の部員を常駐させながら、トレンドやファッションの変化を追っている。15年には戸倉がデザイン部を社長直轄の組織にし、デザインを経営上の最重要課題の一つに位置付けている。

前述のフルメタル電波時計で実証されたように、一般の家電製品と違って、「ファッション性を兼ね備えた技術と美の融合」が永遠の課題となる時計は、ピリオドのない技術革新という点で「終わりなき戦い」の世界なのだ。

そして現在、シチズンの最新技術になっているのが価格20万円程度の「GPSウォッチ」だ。地球の上空にある衛星から信号を受信して、世界中どこでも正確な時刻を知ることができ、スイス勢が実現できていない技術である。

「国内時計3社(シチズン、セイコー、カシオ)が今競っているのがGPSウォッチで、我々はサテライト ウエーブと呼んでいますが、11年、一番最初に市場に投入したのは我々です」(竹内)

「高機能クォーツ時計を中価格帯で提供する」という、伝統的な機械式時計が中心のスイス勢とは異なった独自の戦略で、また一つ、シチズンブランドの柱を確立することができたのだ。

■スマートウォッチという黒船が到来

15年春、日本とスイスの独壇場と考えられてきた時計産業に、新たな“爆弾”が投じられた。スマートフォンで世界を席巻したアップルが満を持して発売に踏み切った「アップルウォッチ」だ。今後の市場動向によっては、時計業界の大きな脅威になるかもしれない。

社長の戸倉は厳しい表情でこう語る。

「アップルウォッチは革新的。関係ないなんて到底言えないし、どういう時計を自分たちは提供できるのか、原点に返ってやらないと駄目だと社内で厳しく言っています」

冒頭のラオックス銀座本店の事例でわかるように、シチズンは中国人に大人気のブランドだ。15億という世界一の人口を有し、GDP(国内総生産)世界第2位の経済大国となった中国では、国民の所得向上が著しい。中国人の消費行動には「面子や見栄を大事にする」という特徴があるが、「高機能・高品質の日本製高級腕時計は、中国人『見栄』消費にズバリはまっている」(前出のシチズンの営業マン)という。

1918(大正7)年創業のシチズンは、3年後の2018年に満100周年を迎える。「シチズン」の社名の由来は、「市民に愛され親しまれる」だ。果たして、中国人をはじめとする世界の市民は、デジタルのスマートウォッチと針の時計のどちらを選ぶのだろうか。挑戦は終わらない。

(文中敬称略)

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シチズンホールディングス 代表取締役社長 戸倉敏夫
1949年、東京都生まれ。73年早稲田大学教育学部卒業、シチズン商事(現シチズンホールディングス)入社。2002年同社取締役、04年シチズン時計(現シチズンホールディングス)執行役員、07年同社常務取締役、09年同社専務取締役、10年シチズンホールディングス常務取締役を経て、12年より現職。

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