Agile 2015 - 業界アナリストによるパネルディスカッション: アジャイルの動向と今後の方向性

先日のAgile 2015カンファレンスで,Agile Allianceは,業界アナリストによるパネル会議を開催した。毎年開催で5回目となるこの会議では,登壇するコメンテータのグループが,アジャイルのトレンドや今後の方向性をテーマとした質問に答える。パネルの構成メンバは次のとおりだ。

  • Melinda Ballou, IT業界アナリスト, IDC
  • Steve Denning, 著作者,マネジメントコンサルタント
  • André Grard, シニアアナリスト, VDC Research Group
  • Tom Grant, シニアコンサルタント, Cutter Consortium
  • Ron Jeffries, XP(Extreme Programming)イノベータ,著作者,コーチ,トレーナ
  • Jim Newkirk, サービスエンジニアリングVP, CenturyLink Cloud (司会)

セッションの様子はAgile Allianceによって録画されていて,こちらで見ることができる。

セッションはパネリストによる簡単な自己紹介で始まった。

最初に司会者が,(非アジャイル)ソフトウェア開発プロセスで苦労する経営者たちに対して,どのような説明をすればよいか,パネリストたちに質問した。パネリストたちは揃って,企業の直面する課題や問題点が何なのかを理解することが出発点だ,と述べた。“アジャイル”ではなくソフトウェア開発の現実について語り,ソフトウェア開発の本質を理解してもらうこと - それは予測プロセスというよりも,習得や探索のアクティビティである。ソフトウェア製品を開発するよりよい方法を議論するのはそれからだ。ここで提起された重要なポイントは,組織にとって成功の基準とは何か,組織の進展をどう判断するか(組織にとってのDoneは何か),どの作業を優先して,どのように実施するか,といったことだ。

次に司会者は,アジャイルの採用に苦慮している企業,というシナリオに基づいた回答を展開するように,パネリストたちに求めた。質問に対する回答で注目されたのはアライメント,すなわち企業の目標に一致したチーム目標である(チームは製品の提供スピードで自らの成功度を測り,企業はイノベーションに注目する)。もうひとつのポイントは,アジャイル導入に対する企業としてのサポートレベルを確認することだ。どのアプローチを取るのか,直面する問題の本質は何か,チームと管理者側のアプローチは本当に一致しているのか。

次の質問は,企業がアジャイルになる必要はない,アジャイルは経営理念や企業活動とは関係なく,むしろチームが勝手に求めているものだ,と企業幹部が考えているような状況に関連するものだ。このようなリーダにアジャイルの考え方を理解させるには,どうすればよいのだろう?

これに対する回答は,これまで長く成功を続けてきた,従来型の管理プラクティスへの対応に他ならない – 根本的に異なるアプローチを採用するようにリーダを説得する唯一の方法は,他の企業(他業界でも競合相手でもよい)がアジャイルを採用している様子を見せて,その近代的な管理アプローチの成功を,もはや通用しなくなった古いアプローチと対比してみせることだ。Steve Denning氏はそれを,今日の大企業にとっては“単純な選択 – 変化するか,それとも死ぬか”だ,と述べている。企業幹部に新しい考え方を理解させるには,イノベーションゲームの利用もひとつの方法だ。パイロットプログラムを利用したり,小規模で始めて成果を示すことで,社内的に証明するのもよいだろう。

ここで指摘された具体的な問題は,多くの企業の中間管理職が,アジャイル採用の結果として自らの役割が大きく変化することに抱く不安だ。典型的なパターンは,中間管理職の数の削減,スクラムマスタやプロダクトオーナといった実践的な役割への移行,といったものだ。これらのマネージャに対しては,移行パスを明確にする必要があるのと同時に,抵抗を克服する上での企業幹部による強力なサポートが重要である,という点が特に強調されていた。

司会者は次に,パネリストに対してこの5年間を振り返って,アジャイルムーブメントの誤りをひとつ,違う方法で行うべきだったことをひとつ,それぞれ挙げるように求めた。

  • 誤り: アジャイルはソフトウェア開発の方法論と考えられていたが,実は企業のすべての部分で運用されるべき革命であったこと。アジャイル思考とそのテクニックは,今日ではビジネスのすべての領域に進出し,大きな違いを生み出している。
  • 誤り: スケーラビリティに関する固定的概念。ただひとつの方法はなく,コンテキストがすべてである。
  • 誤り: コンテンツではなく,コミュニケーションの方法。 アジャイルがプラクティスの集合体ではなく,根本的に異なる考え方だということが,十分に明確になっていなかった。
  • 誤り: “方法はただひとつ”という固定観念の蔓延を放置し過ぎたこと。それに対して積極的に意義を唱える行動が公然と行われてこなかったこと。今日では大幅に減少しているものの,アジャイルの優れた考え方が受け入れられる上で大きな障害だった。注意すべきは,“唯一の真実”的理想主義者の新世代がDevOpsやUX,リーンといった分野に現れていることである。このような考え方への対処が必要だ。
  • 違う方法で行うべきだったこと: コミュニティに分裂が発生する前に,さまざまな考え方に積極的に接触して,それらの取り込みを考えておくべきだった。

次の質問 – アジャイルアプローチの採用を支援するために,Agile Allianceができることは何か?

  • 特定の業務分野や問題領域に注目して,調査や検討,あるいは,例えば技術的負債のような問題克服の方法を取り上げた参考資料の開発に資金支援を行う。
  • チームレベルのアジャイルは概ね成功を収めており,理解も十分進んでいる。開発組織レベルのアジャイル化も緒に就いた今,注目すべきは,生産性の飛躍的改善と企業レベルの成功を実現する,ソフトウェアを越えたアジャイルだ。
  • 企業の複雑性による影響の調査,IoT(Internet of Things,モノのインターネット)やSoS(System of Systems,統合システム)といった革新への対応,これらの新たなフロンティアが持つ機会を活用する上で有用な情報の提供。
  • 第3世界の一部など,人材的潜在能力が十分に活用されていない地域のサポート。世界中の貧しい地域を倹約的イノベーションで改善していくために,アジャイル思考を活用する。知識の普及のための,教育機関とのパートナーシップ。
  • ソフトウェア開発だけでなく,現代の企業組織におけるすべての活動に関して,アジャイル思考のすべての面で信頼される情報センタとなること。
  • 企業トップの行動を支援する形で,製品開発や事業活動に携わる人々が,職場におけるアジャイルのあり方を理解するために必要な情報を提供すること。
  • チームから全部門へ,ソフトウェア開発からシステム開発へ,さらには企業全体へと,より広い視野を持つこと。

次の質問は“認定戦争”について – 複数の認定を提供するトレーナの存在や,認定を取り巻くダイナミクスの変化についてどう思うか?

  • Agile Allianceは,2日や3日のクラスに出席して認定を取るという以上の,アジャイルになることの本当の意味を世に示すべきだ。アジャイルになることが単純な知識ではなく,深い学習と専門性を必要とするものであるというストーリを示し,これが思考の方法であり,基本的概念の転換であることを世に示す必要がある。
  • 重要なのは標準と能力であり,認定はこの方向への一歩である。これら標準の妥当性は,守るべきもののひとつだ。職業とはもっとプロフェッショナルで,能力に基づいたものでなくてはならない。
  • 能力は単なる知識ではなく,実践による評価が必要である。実践の構成要素を可視的,透過的にすること。主張しているものが本当に実行可能か,テストではなく能力で測る方法を探し出すこと。
  • 教育システム(学校や大学)に関与し,各レベルの教育プログラムにおいて,実際に作業の可能な労働力となるために必要なスキルが,確実に教育されるように支援すること。

最後の質問 – 言うべきことで,まだ話していないことは何かあるか?

  • アジャイルはソフトウエア開発よりも広く,ソフトウェア開発を越えて,組込み装置,システムと製品開発などの領域に移りつつある。アジャイルのプラクティスが規制の厳しい環境に適用するためには,厳格さと規律がなくてはならない。
  • アジャイルのコラボレーティブな自己組織理念に対して,抵抗し,制限を加えようとする非アジャイル世代からの圧力に対して挑戦し,アジャイルの実践に対する圧力に対抗すること。その一例が見積の概念だ。見積と予算は必要だが,それを行う上で“要件”を特定する必要はない。今日ではもっと優れたアプローチが存在するからだ。後退的で古風な考え方があまりに多すぎる。機能しないものは捨て去るべきだ。
  • 組織全体を運営する方法とアジャイルチームを運営する方法との間にある対立関係。必要なのは組織レベルの変革であり,イノベーションの可能性が抑圧されていることが,経済全体として重要な問題となっている。アジャイルにはその解がある。それを企業全体に知らしめることが,まず求められる。
  • 組織のレベルをさらに越えて,アジャイル思考で世界的な問題に対処すること。アジャイルのアイデアは,世界が直面している壮大で複雑な問題にも適用できる。地球環境を複雑なSoSと捉えて,大問題に取り組む人々の力としてアジャイルのアイデアを活用するのだ。
  • ソフトウェアの価値とは何であるか,もっとよく理解する必要がある。ソフトウェアは今日の世界の原動力であるにも関わらず,私たちはいまだ,私たちのソフトウェア製品の根底にある理由を調べられていない。イノベーションの普及(Diffusion of Innovation)に関する文献は数多い。私たちに必要なのは,これらのアイデアを集結させて,より大きなアジャイルとする方法を考えることだ。