起業家の方々と会話をしていると、クレイジーな話であればあるほど盛り上がります。わたしが思うに、起業家と呼ばれる人たちは「クレイジーだ」とは言われることはあっても、自分ではその自覚をみなさん持っていないと思います。
世界で初めて何かを成し遂げようとするには、前例のない挑戦をする必要があるのです。 周りから見ると、達成するまでのチャレンジのプロセスは単に実現不可能な無理なことをやり続けている「クレイジーな人」にほかならないと映るのではないでしょうか。達成してはじめて、自分に対する周りの評価が「クレイジーな奴」から「世界ではじめてのことをやってのけた奴」に変わります。
わたしが5年の歳月をかけて緑内障原因遺伝子「ミオシリン」を世界ではじめて見つけることができたのは、何かを発見する日にまた1日近づけたと実感しながら地道に、ただひたすらに試験管をふり続けていたからです。それまでは、「どこまでも諦めが悪いやつだ」「いつまでも大学院を卒業できないぞ」と言われ続けたものでした。
それに、わたしの場合は、はじめから緑内障原因遺伝子を見つけることがターゲットだったわけではなく、目で働いている新しい遺伝子を見つけたら緑内障原因遺伝子だったことがわかったという経緯もありました。人がやらないことをやり続けるとこんな宝物に出会うのかと、自分でも驚いたものです。
それ以来、わたしにとって「クレイジー」という言葉は 、「常軌を逸したことを実行し続ける変わり者」という意味で定着したので、個人的には褒め言葉として気に入っています。
前例のないことを見つけてやり続けることは容易ではありません。でも人生20年、30年生きていれば、やってしまうとクレイジー呼ばわりされそうなことには、 誰でも何度かは遭遇しているのではないでしょうか。ただ多くの人々は 、失敗のリスクを恐れてそのようなものには手を出さない方が賢明だと判断してしまっているのではないでしょうか。
しかしながら事実は小説より奇なりというように、人間が想像できることは過去の経験が元になることが多く、どうしても限られてしまうものです。その観点から見ると、周りにいる友だち2人に聞いて、2人とも無理だと言ったからやめておくというのは、わたしからすればとんでもないことになります。
100人に聞いて100人がやめておけというアドバイスをくれたとしても、世界人口72億人中のわずか100人にすぎません。しかも、日本国内の100人だとしたらどうでしょう。私の場合は自分なりの戦略と勝算があれば躊躇なくチャレンジします。それまでは常識外れのことでも、実行してうまく成功すればそれが新たな常識となるのです。
ここでわたしが言いたいのは、周りの言うことに耳を傾ける必要はないと言うことよりも、惑わされないくらい興味があってやりたいことを見つけられるかどうかが「クレイジーな選択」の分岐点になるということです。
同時に、「クレイジーな選択」は、以前私が経験したように周りにいる半分以上の人が去ってしまうことにもなりうるわけですから、その覚悟を持てるかどうかです。
以前、この連載でも書きましたが、シアトルで初めて起業し、わずか3年後にビジネスモデルを変える局面を迎えることになりました。起業家として「クレイジーな選択」は数多くしてきましたが、大きな転機となったのはその時がはじめてだったと思います。試作品の試験を請け負う会社がものづくりに乗り出すような話でしたから、社員にとってはとんでもないことだったでしょう。しかし、ほかの誰もできない特許技術を持って2年、3年やってきた仕事が突然通用しなくなることは、日進月歩あるいは秒進分歩のイノベーションの世界では日常茶飯事です。
大企業の一部門として買収されたわけでも、合併したわけでもなく、細々とやってきた小さな会社が今までの事業を捨てて、やれるかどうかもわからない事業に切り替える選択をしたら、多くの社員が辞めるリスクがあるのは仕方のないことだと私も腹をくくりました。たとえ、私についてきたいと心では思っていても、社員にも家族がいて、生活を守らないといけないので、新しいことをやることへの不安から辞めていくのは仕方のないことです。
それでも私の目標は世界を変えることであり、手段は選びませんから、方針転換を決行しました。そして、全員が辞めてもおかしくなかったのに、半分もの人が残ってくれたのは本当にありがたいと思いました。もちろん私は自分だけになっても一から人を採用し直してやり通す覚悟はできていました。そもそも最初はたった1人で始めたのですから、つらいことではありますが、同じことを繰り返すまでです。
ここに「クレイジーな選択」を可能にするヒントがあると思います。いくら面白い発想であろうと、それを具現化するためには仲間が必要です。単なるクレイジーな話を持ちかけたところで仲間は集まりません。やはり全員ではなくとも、同じように クレイジーな人の少なくとも一部を納得させるだけのプランと共感を得られるビジョンが必要です。そのビジョンが大きければ大きいほど、達成した時の達成感も大きいのです。
我々の場合は失明疾患を治療することによって世界を変えるというビジョンに賛同し、人生をかけてやる価値があると判断して、優秀で多様な仲間が集まってくるのだと思います。
朝令暮改にもやり方はいろいろありますが、起業した時のビジネスモデルを捨てるという大手術を経たことは、自分自身の目標へのコミットを深めるだけではなく、方向性が明確になり、よりインパクトの大きなものにすることにもつながりました。
「クレイジーな選択」とは、前に進む以外に道はない、時にはその道すらもない世界を切り開いていくことであり、そしてそんな経験をわかちあえる仲間を巻き込んでいくことなのだと思います。
----------
窪田 良(くぼた・りょう)●1966年生まれ。アキュセラ創業者であり、会長、社長兼CEO。医師・医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進学。緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。その後、臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務ののち、2000年より米国ワシントン大学眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。02年にシアトルの自宅地下室にてアキュセラを創業。現在は、慶應義塾大学医学部客員教授や全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research) の理事、G1ベンチャーのアドバイザリー・ボードなども兼務する。著書として『極めるひとほどあきっぽい』がある。Twitterのアカウントは @ryokubota 。 >>アキュセラ・インク http://acucela.jp
----------