貧乏ゆすり、咳払い、独り言、舌打ち、鼻毛抜き、ゲップ……。「職場内でやめて欲しい迷惑行為」のアンケートを取れば、昔から変わらずこんな“悪癖”が次々と挙がるだろう。
だが、セクハラやパワハラ、モラハラなど、なんでも「○○ハラスメント」に該当してしまう現代において、下手に相手の人格まで傷つけるような言葉で注意しようものなら、逆上されかねない。
人によって不快感のレベルが違い、指摘するのにも躊躇する「スメルハラスメント(スメハラ)」はもっとも厄介だ。体臭や口臭などのニオイで周囲の同僚らに迷惑をかけることを指すが、スメハラによる苦情は年々増加している。
「私の上司(40代後半)は人一倍汗っかきで、夏場は外出先からオフィスに戻ると汗だくの素肌にワイシャツがぴったり張り付いて乳首が浮き出るほど。今は吸汗性の高いアンダーシャツがたくさんあるのだから着ればいいのに、まったく周囲の視線は気にしていない様子。
これもある種のセクハラ被害だと訴えたいのですが、面と向かって『クサいですよ!』なんて言うと心証を悪くしてボーナスの査定などにも響きそう。仕方なく風邪でもないのにマスクをしながら仕事をしています」(29歳女性会社員)
脇汗の臭いや加齢臭、口臭などのニオイ問題は昔からあったはずなのに、近年、社会問題化するほどクローズアップされているのはなぜなのか。化粧品メーカーのマンダムによれば、
〈猛暑や節電の影響で日常的に汗をかく機会が増加していることに加え、女性の社会進出などで職場の女性比率が高まっているため、ニオイに敏感で厳しい女性を中心に不快感が顕在化している〉
との分析を示している。最近では従業員セミナーなどを通じて、スメル教育に乗り出す企業まであるというが、中でも顧客と近くに接するサービス業ではより厳しい“ニオイ管理”が求められている。東京都内を走る大手タクシー会社の乗務員がいう。
「女性や家族連れなど、車内に漂うニオイを指摘するお客さんが急増しているので、とにかく換気をまめにして、消臭スプレーを1日何回も撒いています。特にたばこのニオイは“嫌煙権”を主張しやすいのか、すぐクレームに繋がる。私も喫煙者ですから、口臭対策も欠かさず、タブレットキャンディは箱買いしています。
我々からしてみれば、朝に車内で化粧をする女性や、ファストフードのポテトを食べる若者が乗った後のニオイのほうがよほどきつく、気分が悪くなるのですが……」
確かにニオイ対策で真っ先に思い浮かぶのはたばこだろう。タクシーはもとより、いまやオフィス内でも分煙は当たり前。それでも、不思議なことにたばこのニオイは指摘しやすく、喫煙者にもより一層のマナーが求められる。一方、人の口臭や体臭がニオうとは、なかなか言い出しにくいもの。
ちなみに、ある中小企業では社内で朝食をとる社員の「玉子サンドイッチ」のニオイで気分を悪くする人が続出したとして、デスクでの飲食禁止を決めたケースもある。
ここまでくると、スメハラ対策はキリがなく、どこまでが許容範囲なのか分からなくなってくる。社会保険労務士の稲毛由佳さんは、「職場のコミュニケーション不足が事を大きくしている」と話す。
「他人のニオイが気になって仕事が手につかないほど職場環境を著しく悪化させる場合に、何らかのスメハラ対策を考える必要があります。
ただ、いくら好みの問題とはいえ、労働者一人ひとりの気配りや努力、そして他人(会社)任せにせずに『嫌なことは嫌だ』と現場レベルでコミュニケーションしない限り、快適な職場環境は望めません。我慢を重ねた結果、よけいに注意の仕方がきつくなって相手を傷つけてしまうケースも多いのです」
とはいえ、食事や香水など生活習慣の見直しで軽減できる不快臭ならまだ伝えやすいが、体質問題にかかわるニオイを注意するのは気が引けるという人は多いだろう。それは会社側に頼っても同じだという。
「組織としても当人同士で解決してほしいというのが本音です。なぜなら、苦情を申し立てた人の肩を持って、指導や席替え、配置転換といった対処をすると、逆に苦情を申し立てられた人から不当な扱いとして訴えられるリスクもあるからです。
まずは、“無臭”を目指すのが職場でのビジネスマナーだという共通認識を持つことがスメハラ対策の第一歩。そうすれば、体臭ケアを心がけてデオドラント商品を勧め合うこともできるでしょうし、香水や柔軟剤などのニオイが、かえって周囲の迷惑となっていることも理解できるはずです」(稲毛さん)
誰もがスメハラの“加害者”になり得るほど、ニオイに敏感な時代。「自分は無関係」だと思い込むのが一番危険だ。