過去の汚名を背負いながら戦うファイター・秋山成勲という男 | ニコニコニュース

(出典:秋山成勲 オフィシャルブログ)
ITmedia ビジネスオンライン

 総合格闘技「UFC」のアジア進出が本格化している。9月27日に行われる日本大会(さいたまスーパーアリーナ)から2カ月後、韓国でも11月28日に「UFCファイトナイト・インソウル(UFN79)」(ソウルオリンピック体操競技場)が開催される。

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 UFCとしては初の韓国大会で、アジアでのイベントは日本、フィリピンに続いて3カ国目。世界で最もメジャーな総合格闘技団体は近年、韓国においても注目度が著しくアップしている。「PRIDE」など超人気MMA(総合格闘技)イベントの消滅によって総合格闘技人気が下火でくすぶったままとなっている日本の現状を考えれば、アジア戦略を狙うUFCにとって将来的に伸びしろがありそうな韓国進出は今後より力を入れなければならない重要な案件だ。

 その強い姿勢の現れとして、2カ月後に開かれる韓国大会のPRを兼ねた記者会見に登壇したのは、同国内でも人気の高い格闘家たちの面々。9月8日、ソウル市内で行われた会見に出席者したメンバーは韓国人ウェルター級ファイターのキム・ドンヒョン、MMAのレジェンドとして日本でも人気の高いミルコ・クロコップ、元UFC世界ライト級王者で韓国系米国人のベンソン・ヘンダーソン、そして日本でもお馴染みの秋山成勲だった。

 この日の会見場で秋山は「UFC大会では私の真の姿が見られるだろう。良い試合を展開したい」と意気込み、並々ならぬ決意をのぞかせていた。UFCのエグゼクティブバイス・プレジデント兼UFCアジア代表のケン・バーガー氏も「アキヤマが韓国、日本を含めアジアでの大会において今後ファイター、アドバイザーの両面で活躍してくれることを期待している」とエールを送っている。

 UFCからも厚い信頼を得ている“コリアンファイター”。入場する際の柔道着の肩部分に太極旗を付けている40歳のベテラン格闘家・秋山のこれまでの経歴を追いながら人物像に迫ってみると「光と影」の波乱万丈な半生が見え隠れしてくる。

日本と韓国の架け橋に

 秋山は日本国籍を取得しているが、自ら常々公言しているようにルーツは在日韓国人四世。その“誇り”を胸に自らが日本と韓国の架け橋になろうと、日本でジムを経営しながら韓国でもタレント活動を行うなど両国間を飛び回る多忙な日々を過ごしている。第二の母国・韓国では複数の大手企業CMにも出演。いまや絶大な人気を誇り、押しも押されもせぬスーパースターとして、チュ・ソンフン(韓国名)の名は韓国国内において広く浸透している。

 しかしその一方で日本において秋山は格闘家として数々の戦績を築いたはずの母国であるにも関わらず、ヒール扱いされる傾向が強い。2001年のアジア柔道選手権(ウランバードル)、2002年のアジア大会(釜山)の両大会で日本代表として男子柔道81キロ級金メダルを獲得。こうした輝かしい実績を引っ下げた秋山は2004年7月にプロ格闘家へ転向すると、2006年10月9日にはHERO'Sライトヘビー級王座を獲得し、たった2年でチャンピオンベルトを巻くなど急進化を遂げた「日本格闘界の怪物」として順調に階段を上がっていくかのように見えた。

 しかし、その“怪物性”が別の意味で覚せいしてしまったのが、同ライト級王座獲得からわずか2カ月後の同年12月31日の大晦日決戦。京セラドーム大阪で行われた「K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!」(FEG主催)のメインイベントで組まれた桜庭和志との一戦だった。伝説の格闘家と言われたホイス・グレイシーに勝利するなど“グレイシー・ハンター”の異名を持った桜庭を秋山は序盤から圧倒し、最後はロープ際でマットを背にする相手に容赦なく猛烈なパウンドを浴びせ続けた。その数は100発強――。1ラウンド5分37秒、レフェリーがストップをかけ、ついに試合が止められた。

 秋山のTKO勝利とアナウンスされたが、リング上の雰囲気は明らかにおかしかった。試合中も桜庭は「すっごい、滑るよ!」「タイム、タイム!」などとレフェリーに対し、何度も何度も絶叫。試合終了後も桜庭は納得せず、絶妙のタイミングでタックルに入っても異常なまでにヌルヌルと滑る秋山の身体によっていとも簡単にスルリとかわされてしまったことに「反則だろ!」とクレームをつけ続けていた。この当時リングサイドで取材を続けていたが、後味の悪さが残ったのは言うまでもない。

非常に難しい空気の中で

 そして年が明けた数日後、主催者側から調査によって秋山が乾燥肌の持ち主でそれを防ぐために試合前にワセリンの含まれる米国製スキンクリームを塗布していたことが判明。試合はノーコンテストとなり、秋山に対しては「悪意があっての使用ではなかった」としたもののファイトマネーの全額没収と選手契約を結ぶFEG主催大会への無期限出場停止処分(同年2007年秋に解除)が下された。これは当時、社会的にも大きな波紋を呼び、当事者の秋山に対して厳しいバッシングが浴びせられた。秋山が完全な「ヒール」として定着するようになってしまったのは、ここがスタートであることは言うまでもない。

 秋山が過去に起こした反則は今振り返ってみても、確かにとんでもなく許し難い愚行だ。ただ、あれから今年の年末で9年になろうとしている。秋山はその間に自分なりのミソギを済ませ、2009年2月にはUFCとも契約し、日韓を股にかけるファイターとしてポジションを築き上げている。「韓国と日本をともに愛している」という彼の言葉にウソはないだろうと信じたい。

 悪化している日韓の関係は正直言って素人目からしても改善の兆しは、一向に見られない。ネット上でこの秋山を含め「韓国がらみ」のネタになると心ない誹謗中傷が書き込まれることも残念ながら珍しくないのが現状だ。こういう非常に難しい空気の中で、自身の苦い過去とも向き合いながら「日本、韓国の架け橋になる」と言い切る秋山の戦いは今後どのようなストーリーとなっていくのか。未だその一挙一動にブーイングを浴びせるファンを大きく驚かせる意味でも、秋山には有言実行をぜひ果たしてほしい。

(臼北信行)