人が亡くなるとき、意識を失い、目を開けることも話すこともできなくなっても、聴覚だけは残っているという。末期がんの患者やその家族のために行われるケアであるホスピスの現場では、「音楽」の力がとても大きな役割を果たしているのだ。
『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』(佐藤由美子/著、ポプラ社/刊)は、ホスピスで1200人以上の患者を看取ってきた米国認定音楽療法士の佐藤由美子氏が、心あたたまる語る感動のノンフィクションを語った一冊である。
佐藤氏は、アメリカの大学院在学中に「音楽療法」と出会う。音楽療法とは、患者やその家族の心身の回復、向上を促すために効果的に音楽を利用するというもので、音楽を共有することで、末期の患者が自分の気持ちを表現できるようになったり、家族との時間を有意義に過ごせるようになったりするという。
ホスピスの患者は、潜在意識で自分の死期が近いことを察しているしか思えないような言動をとることがある。では、アルツハイマーなどで認知的な能力が弱まった人の場合はどうなのだろうか。
8月の猛暑日。佐藤氏は老人ホームに出向く。ジャズのスタンダードを佐藤氏が演奏し、ハーブは歌の間だけは生き生きとリズムをとったり手をたたいたりして、廊下で居眠りをしていたときとは別人のようだった。音楽を聴くだけで、彼の気持ちが晴れやかになっていくのがわかった佐藤氏は、「一緒に唄わない?」と、ハーブを誘ってみた。しかし、ハーブの答えは「だめ。もう唄えない」だった。
次の週、ハーブの元を訪れ、ジャズを何曲か弾いたあと、最後に「What a wonderful World」を唄い、時間がきたので佐藤氏が帰ろうとしたとき、「君のために唄うよ」と、後ろからハーブの声がした。振り返ると、人懐っこい彼の笑顔があった。
なぜ、ハーブは突然唄おうと思ったのか。アルツハイマーがあったにもかかわらず、自分の死が近いことを無意識のうちに悟ったのか。たとえ、認知症の患者であっても、本来の自分を取り戻せるし、メッセージを発することができる可能性があるのかもしれない。
本書には10編の物語が収録されている。「死」について、「生きること」について、考えるきっかけとなる1冊だ。誰もがいつかは迎える自分の最期。そのとき、あなたが聴きたい曲はなんだろうか。