今シーズン、最大のサプライズになるかもしれない。移籍期限最終日にモナコからマンチェスター・Uに加入した19歳のストライカー、アントニー・マルシャルのことである。
12日、宿敵リヴァプールをホームで破った一戦。まだ英語を話せない少年は、タッチラインの外で同胞モルガン・シュネデルランの通訳を介してコーチ陣の指示を受け取ってからピッチに飛び出した。すると、わずか20分後にはマルティン・シュクルテルをドリブルで翻弄し、シモン・ミニョレが守るゴールの右隅に落ち着いてボールを流し込み、デビューゴールを挙げた。
続く20日、プレミア初先発を飾ったサウサンプトン戦で今度は2ゴール。ボックス内でこぼれ球を拾い、ヴィルヒル・ファン・ダイクを軽やかなターンでかわして1点目を決めると、2点目は吉田麻也の不用意なバックパスを逃さず、リヴァプール戦と同じく冷静沈着なフィニッシュでボールを右隅に沈めた。デビューからプレミア2戦3発。英国メディアが早速「マーシャルアーツ」と見出しを打ったユナイテッドの新兵器は、こうしてワンダーボーイとなった。
そもそも、ウェイン・ルーニーがフランス人のシュネデルランに「彼は何者?」と尋ねたエピソードが報じられた通り、英国ではまったく無名の存在だった。そんな彼に支払われた移籍金は、ティーンエイジャーの世界記録である3600万ポンド(約67億3000万円)。モナコ側は、ユナイテッドが最初のオファーを断ってから1週間で3倍まで提示額を増やしてきたことを明かしており、今後の活躍で「バロンドール獲得」などの条件を満たせば最大で5000万ポンド(約93億4000万円)以上に膨れあがる契約になったというのだから、移籍決定時は英国中が驚きに包まれた。
この時点で、マルシャルはリヨンとモナコでリーグ・アン52試合出場11ゴールとキャリアが浅く、初めてフルシーズンを主力として戦った昨シーズンも先発は19試合だけで、絶対的レギュラーと言える存在ではなかった。名門リヨン・ユース出身のアタッカーということで母国では期待されていたものの、移籍の数日前にフランス代表初招集を受けたばかりだったというのだから、ルーニーが彼を知らなかったのも無理はない。
この夏、ロビン・ファン・ペルシーが退団したユナイテッドにストライカー獲得が必要だったのは誰もが認めるところだった。だが、実際にやってきたのが無名の少年だったことで、イングランド各メディアでは「パニック・バイ」の文字が踊った。英『BBC』の取材を受けたフランスのフットボール・ジャーナリストも移籍を聞いて「言葉を失った」と認め、「優れたフィニッシャーだが、まだ荒削りで、どれくらいやれるかは我々にもわからない」と正直な感想を口にしている。また、アーセン・ヴェンゲル監督は「移籍金が高すぎる」と適正価格が間違っていることを指摘した。ルイ・ファン・ハール監督ですら、デビュー前には「次期監督のために獲得した選手」と話していた。
しかし、フタを開けてみればその活躍ぶりは冒頭の通り。チャンピオンズリーグのPSV戦を含め、ここまで公式戦3試合に出場しただけで、英国内では手のひらを返したように賛辞の嵐だ。
クラブOBのルート・ファン・ニステルローイは、「大きな新発見になるかもしれない。彼はユナイテッドが必要としていた正真正銘のストライカーだと思える。最前線にマルシャル、後ろにルーニーを置くべきだ」と語る。
ティエリ・アンリも自身の後継者と呼ばれるマルシャルの活躍を喜び、とりわけ彼が見せる“アンリ風”の落ち着き払ったフィニッシュについては「とても素晴らしい。ボールを蹴る前によくGKを見ていた。私がよく使う表現をするなら“GKを固まらせる”シュートだね」と絶賛している。
さらに、彼がいきなり活躍できた理由については元アーセナルのDFマーティン・キーオンの言葉を借りるとわかりやすい。
「莫大な移籍金が彼を悩ますことはなかったようだ。ゴール前に現れる度に、彼は最高に幸せそうなんだ。まだ少年だからうまくマネジメントする必要がある。だが、とても成熟しているように見える。年齢をゆうに超えるプレーをしているね」
これに同調するのはファン・ハール監督。「高水準の才能を、大きな重圧下で示せるのが、彼が持つ最大の才能かもしれない」とはオランダ人指揮官の評だ。10代の選手がスピードやスキルを示すだけならそう珍しくない。だが、難しいのは高額移籍のプレッシャーや外野の声に影響されず、大舞台でも自分のプレーをすることだ。“アンリ風のフィニッシュ”や年齢に似合わぬクールな振る舞いに表れている通り、ここまでマルシャルはそのメンタリティーがあることをプレーで証明している。このあたりは、幼なじみと結婚してすでに一児の父であり、パーティーには目もくれず家族のためにまっすぐ帰宅するという家庭的な一面もポジティブに影響しているかもしれない。
もちろん、プレミア初挑戦の19歳に過度の期待は禁物だ。だが、心身両面での特性をふまえると、少なくとも意地の悪い一部メディアが書き立てるようにマルシャルが「第二のフェデリコ・マケダ」になってしまう可能性は極めて低いように思える。
(記事/Footmedia)