居酒屋チェーン最大手のワタミが重大な局面を迎えている。「和民」「わたみん家」「坐・和民」など祖業である居酒屋(外食)事業の不振に加え、これまで収益を支えてきた介護、宅食(宅配)の両事業も苦境に直面。介護事業については売却の観測報道が出ており、その有力候補として損保ジャパン日本興亜ホールディングス(HD)の名前が挙がっている。
ワタミの前年度(2015年3月期)は128億円の最終損失を計上し、2期連続の赤字となったうえ、今年度(2016年3月期)に入ってからも苦戦が続いている。第1四半期(2015年4~6月期)は15億円の最終赤字で、6月末時点の自己資本比率は6.2%まで低下した。
ワタミの居酒屋事業は昨年度に100店を閉鎖したのにとどまらず、今年度中に不採算の85店舗が追加閉鎖される見通しだ。店舗数は今年度末に470店程度となる見込み。この2年で一気に3割近く減らす計算となる。
消費者のニーズが多様化したことを受けた「居酒屋離れが進んでいる」との指摘もある。確かにそういう傾向は否定できないものの、すべてに当てはまる話でもない。居酒屋チェーン業態が全体的に苦戦する中でも「特色のある」チェーンは人気を博し、この局面で業績を伸ばしている。
代表的な企業のひとつが鳥貴族だ。280円均一の焼き鳥店「鳥貴族」を展開する居酒屋チェーンである。主要駅の繁華街で黄色い看板を目にしたことのある人もいるだろう。調理学校を卒業後、ホテルマンを経て焼き鳥店の店長を約2年半務めた大倉忠司社長が1986年に創業。以来、ブランドは鳥貴族一本に絞り、均一の低価格を貫いている。
鳥貴族の最新決算である2015年7月期は売上高186億円(前年比27%増)、営業利益11億円(同61%増)と、いずれも過去最高を更新した。業績は右肩上がりで、それに伴って店舗網も拡大を続けており、今年8月末時点で直営228、FC189の417店を構え5年前からほぼ倍増している。
2社の違いを分析してみる
一方、ワタミの居酒屋事業(国内外食事業)は前年度決算で売上高約600億円に対し、セグメント損失は約37億円。規模の違いはあれど、業績、店舗網とも縮小を続けるワタミと鳥貴族は対照的だ。
ワタミの居酒屋事業が苦戦している要因のひとつは、従業員の「過労死自殺」問題をめぐるブランドイメージの悪化がある。ただ、それだけで2社の勢いの違いは説明できない。2社の違いを分析してみよう。
まずは店舗ネットワークの効率性だ。鳥貴族は、大都市に集中的に店舗を展開している。出店している都道府県は全国10都府県のみ。名古屋駅から電車で30分圏内の岐阜駅近辺にすら店舗がなく、また駐車場が必要な郊外型店舗も少ない。
一方でワタミは、すべての都道府県において少なくとも1店舗は出店し、全国展開をしている。1店舗しかない都道府県は、青森、山形、石川、福井、富山、山梨、島根、鳥取、徳島、佐賀の10県を数える。この他、2店舗のみという県も複数ある。
こうなるとスケールメリットが逆作用することもある。たとえば県内に1~2店しかなければ、食材の流通効率は悪くコストがかさみやすくなるだろう。また、本部が店舗の接客、品質、衛生を管理するためのコスト、たとえば本部社員の交通費、移動時間がバカにならない。むしろワタミは「全国チェーン」という看板を維持するために、このような店舗ネットワークを形成しているようにも見えてくる。
鳥貴族は地域を絞り込んで集中的に出店するというドミナント戦略によって、ワタミとは逆のメリットが出てくる。本部からの支援や輸送態勢などを効率化できるワケだ。
次にメニューの効率だ。鳥貴族のメニューは、焼き鳥31種類、その他サイドメニュー37種類、ドリンク73種類だ。これに対し、ワタミのある業態を見ると焼き鳥約5種類、その他サイドメニュー約60種類、ドリンク約170種類、さらに宴会料理メニューが加わる(鳥貴族の宴会メニューは1種類)。特にドリンクメニューに著しい差がある。
メニュー数の違いが生み出すものは?
もちろんメニュー数が多いのは魅力だ。ただ、たくさんのメニューがあると食材の管理は煩雑になる。「何でも一通りそろう」総合居酒屋というカタチを崩さず、安さも追求していくとなると、メニューには中途半端感が出て、ボリュームもクオリティも担保できない。
鳥貴族の場合は、焼き鳥メニューを充実させ、サイド、ドリンクメニューを絞り込んでいる。看板料理の焼き鳥に調理場スタッフのオペレーションを集中させやすくなり、業務効率が上がる。メニューの特長も出やすい。
鳥貴族の場合は単に安いだけでお客の支持を得ているワケではない。高品質を追求し、良質の国産鶏肉に限定して仕入れを行い、店舗で串打ちすることにこだわっている。
鶏肉は牛肉や豚肉に比べて鮮度劣化が早い。ワタミのような大手総合居酒屋が扱う焼き鳥は輸入鶏肉をセントラルキッチン(食材集中加工工場)で加工するケースが多い。これだと串打ちから店舗で提供するまで1日かかるうえ、在庫も増えて鮮度を保ちにくい。通常の焼き鳥店では、1串当たり30グラムに対し、鳥貴族の看板メニューである「貴族焼」は90グラムと約3倍のボリュームがある。
低価格と高品質は一般的に両立しない。国内で食材調達すると確かに高品質だが、コストがかかる。一方で、低価格のため客一人あたりの粗利が相対的に小さくなるはずだ。筆者も東京都内の鳥貴族を複数店利用した経験があるが、平日・土日問わずにどの店舗も満席で、いつも混雑している印象がある。待ち時間なく入れた経験がほとんどない。
この点、鳥貴族は店舗の大きさを総合居酒屋と比べてコンパクトにまとめている。そこで滞在時間2時間弱という高回転を生み出し、収益を稼いでいるのだ。立地も家賃コストを抑えるために駅前の一等立地ではなく、駅から少し離れたビルの地下や2階などへの出店が多い。
好調な鳥貴族、死角はあるのか
最後に、鳥貴族とワタミの資産内容を比べてみよう。ワタミはリース資産が507億円もあり、総資産の38%を占める。このワタミのリース資産の多くは中途解約不可のリースであり、中途解約するには、一括で残債を支払わなければならない。住宅ローンを解消するには、借り入れたお金を一括返済するのと同じだ。
このリースも含め、固定資産が総資産に占める割合が高いのがワタミの特徴である。総資産に占める固定資産は鳥貴族で48%、ワタミは85%だ。固定資産の比率が高いと、長期的な財務状況が不安定といえる。
もうひとつ固定資産に関する指標で、固定資産を自己資本(純資産)で割って算出される「固定比率」という指標がある。この指標は、低ければ低いほど良いとされる。鳥貴族は、116%と財務状況が良いといえる水準だが、ワタミは1113%と極めて高い水準だ。
これはワタミが現在の財務状況下では、過剰な設備投資であることを示唆している。つまり、過剰な設備投資が重しとなり、新たな設備投資がしにくい状況や将来の資金繰りを圧迫する可能性すらある。
今のところ順調に業績が順調に推移している鳥貴族に死角はあるのだろうか。もしかしたら、高品質路線があだとなる可能性も否定できない。たとえば、食材費の高騰だ。天候の変化で、国内からのみ食材を調達しているから、他国からの食材調達に切り替えるといった代替がきかない。
国内の地域によっては代替がきくかもしれないが、たとえば鶏肉の需要が高まったときは、日本全国で業者が鶏肉を確保しようとするため、仕入れ価格が上昇する。実際、鳥貴族の2014年7月期有価証券報告書では、材料か価格の高騰が事業リスクと明記してある。順調に業績が推移している鳥貴族が、企業努力だけでは解決できない外部経済環境が変化したときが、本当の試練なのかもしれない。