通勤のための交通費を、会社から支給されているサラリーマンは多いだろう。東京都内のIT企業に勤務するJ子さん(30代)も、自宅から職場最寄り駅までの通勤定期券代(1カ月6710円)を実費で支給されている1人だ。しかし、J子さんは最近、ある不安にかられている。
「自宅から職場までは2駅なので、気が向いたときには、徒歩で通勤しているんです。そのため定期券を購入せず、地下鉄に乗るときにはその都度、174円をICカードで支払っていて、会社から支給された通勤定期券代には手をつけていません。でも、徒歩通勤をしたら、その分の交通費は使っていないわけです。これって、本当は問題がある行為なんでしょうか」
ネットにも、同じような後ろめたさを覚えつつも、徒歩や自転車通勤をしているサラリーマンたちの声がみられる。また、管理部門の社員からは、交通費を支給しているのに、交通費を使わずに通勤している社員に対して「交通費を返還してほしい」との声もみかける。
はたして、支給された交通費を使わずに通勤する社員に、交通費の返還義務はあるのだろうか? 大部博之弁護士に聞いた。
●通勤定期券代は「賃金」? それとも「業務費」?「J子さんに支給されている通勤定期券代が『賃金』にあたるのか、あるいは、会社が『業務費』として実費の弁済をしているにすぎないのか、の問題です」
大部弁護士はそう指摘する。J子さんのケースは、どう判断すればいいのだろうか。
「ポイントは、交通費に関する支給基準があるかどうかです。たとえば、会社の最寄り駅と自宅の最寄り駅を結ぶ公共交通機関の1カ月定期券代相当額などというように、実際にどの交通機関を利用しているかどうかに関わらず、住所地から想定される合理的な金額をあらかじめ会社で決めている場合があります。この場合は『賃金』とみなされますので、実際には、徒歩通勤をしたとしても、返還の必要はありません」
では「実費相当額の交通費を支給する」と定めた会社では、どうだろうか。
「この場合には、支給基準というものがありません。あくまでも実際に従業員が利用した交通手段に従って、実費相当額を支給するというものです。したがって、徒歩で通勤しているのであれば、電車通勤をしたことを前提とする交通費の支給は受けられないのが原則です。
その場合には、民法703条の『不当利得の返還義務』により、実際に使用しなかった交通費相当額は返還しなければならなくなる可能性があります。ただし、徒歩通勤した日が数日に過ぎず、電車通勤でJ子さんが負担した費用のほうが、1カ月の定期代よりも高いのであれば、会社に損失はなく、不当利得は成立しません」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
大部 博之(おおべ・ひろゆき)弁護士
2006年弁護士登録。東京大学法学部卒。成城大学法学部講師。企業法務全般から事業再生、起業支援まで広く扱う。
事務所名:小笠原六川国際総合法律事務所