素敵です、素敵だけど…。
先日のアップルのイベントでは、iPhone 6sや新Apple TVとあわせ、エルメスとのコラボレーションで作られた「Apple Watch Hermes Collection」(以下エルメス・コレクション)も発表されました。既存のエルメスの時計デザインを使いつつ、本体部分はApple Watchというものです。たしかに今までのApple Watchとは一線を画すデザインで、上品な高級感が漂います。
アップルはApple Watchに関して、あの手この手でファッション業界に接近しようとしてきました。エルメス・コレクションはその具体的な成果のひとつとも言え、将来に向けた一手となるはずです。そのねらいとしては、ひとつめに商品ラインナップ拡充による売上増加、ふたつめにApple Watch=ラグジュアリー製品という認知拡大、などが考えられます。
ただ個人的には、それぞれのねらいがこれで本当に満たされるのか疑問です。まずひとつめの「売上」ですが、エルメス・コレクションに実際お金を払う人がどれくらいいるのでしょうか。
私自身は世の中の平均と比べれば多分「ブランド好き」かつ「テクノロジー好き」でもありますが、エルメス・コレクションは正直欲しいと思いません。このデザイン、というかエルメスはちょっとクラッシー過ぎて、もっと楽な服とか小物が好きな自分には合わないと感じるからです。エルメスの腕時計は「女性用の高級腕時計」としてはかなりメジャーですが、ファッション製品に対する嗜好はものすごく多様です。エルメスだけでカバーできる嗜好の範囲は、限られています。
というか、エルメスのこのデザインの時計とApple Watchの両方を持っていながら、エルメス・コレクションに懐疑的な人もいます。New York Timesのファッション・ディレクター、Vanessa Friedmanさんです。
このコラボレーションが両社にとって戦略的な動きであることはわかります。これによりアップルは、ラグジュアリー/ファッション市場からの「参入せよ」というプレッシャーを和らげようとしています。また生真面目すぎる傾向のあるエルメスは、先鋭的でクールというワクワク感を手に入れたいのでしょう。でも私は、コラボレーションの結果が良いものになるかどうか、確信はありません。(中略)
それ(訳注:エルメス・コレクションがApple Watchと既存のエルメスの時計のハイブリッドであること)は、プレゼンテーション上は良さそうに見え、聞こえました。でも実際、私が元々Apple Watchで感じていた問題を何も解決していないのです。その問題のほとんどは、私の手首やスクリーン操作能力に対してApple Watchが重く、小さすぎたことによるものです。また、私の生活にとって特にプラスになると感じられなかったためでもあります(これは私のせいですが)。
つまりエルメスだろうとなんだろうと、Apple Watchそのものの価値が上がらなければ、売れ行きには大きく影響しない、ということなんです。
ただ、仮にApple Watchがもっと使いやすくなり、なおかつアプリや機能も増えていったなら、別に外部と組まなくてももっと売れていくんじゃないでしょうか。むしろ他社とコラボレーションすることで、「ラグジュアリー感は自分じゃ出せないから、他社に任せた」というメッセージを発信することにもなりえます。
ここでふたつめのねらい、「認知拡大」が満たされるかどうかもあやしくなってきます。上記のVanessa Friedmanさんも、まさにそのように受け止めているようです。
でもこのことに関して最も興味深いのは、製品自体ではありません。アップルが初めて、「ファッションのことは、アップルよりファッション界の方がうまくできる」と認めたことです。これは非常に大きな変化です。これまでの彼らの姿勢は、「アップルは何でも、誰よりもうまくできる」というものだったからです。
となると、アップルには単なる売上の増加や認知向上ではない、第3のねらいがあるのではないでしょうか。これは完全に推測ですが、Apple Watchは黒子に徹してしまって、他のブランドとも同じようなパートナーシップを組んでいくのかもしれません。それであれば、エルメス・コレクションが効果的な呼び水になり、他のブランドを引き寄せる可能性もあります。つまりエルメス・コレクションのターゲットは我々ユーザーではなく、スマートウォッチ市場への進出を躊躇するファッションブランドなのかもしれません。
ただ、アップルが黒子として「僕たちファッションは苦手なんで」といった態度を取り始めるとしたら、それはそれで寂しくもあります…。これまでMacにしてもiPodにしてもiPhoneにしても、お洒落な人が持っているのはアップル製品というイメージがありました。スマートウォッチ=腕時計というファッションカテゴリに進出した今こそ、ドヤ顔であってほしいものです。
私個人の感想ですが、今のApple Watchはみんなに合わせようとするあまり、なんだか大人しいデザインになったと感じます。だってApple Watchの正式発表前は、いろいろな期待や妄想が飛び交ってましたからね…。が、細かい嗜好性は外部と組むことで対応という考え方になれば、コラボでない素のApple Watchは本当にアップルらしいもの、我々の期待に応えるものになるかもしれません。
エルメス・コレクションは売れるんでしょうか? これによって素のApple Watchも変わったりするんでしょうか? まだまだわかりません。でもこれをきっかけにもっと欲しい!と思えるApple Watchが出てくることを期待したいです。
source: New York Times
(miho)