スポーツの祭典は、テクノロジーの大舞台でもある。
オリンピックの見どころはもちろん競技そのものですが、米GizmodoのBryan Lufkin記者は開催国のテクノロジーにも注目しています。特に2020年の東京オリンピックに関しては、技術大国・日本への期待があるようです。その期待は根拠のないものではなく、ロボットや代替エネルギー、リニアモーターカーなど、日本政府としても2020年を目標にしている分野がいくつもあるらしいんです。以下、Bryan Lufkin記者どうぞ。
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1964年、東京で夏季オリンピックが開催されたとき、日本は交通の歴史に残るあるものを生み出しました。それは世界初の高速鉄道で、日本のアイコンともなった新幹線です。それを起点に同様のテクノロジーがヨーロッパや他のアジアの国にも広がり、リニアモーターカーや、ひいてはハイパーループへと、超高速鉄道への道筋をつけました。
そのようにオリンピックにおいては、開催国が新たな革命的テクノロジーを発表することがよくあります。そして2020年の東京オリンピックは、ものすごいことになりそうなんです。
東京は地球上でもっともフューチャリスティックかつ複雑で、洗練された都市のひとつです。たとえば新宿駅は1日に364万人が乗降しており、世界でもっとも利用者の多い駅となっています。また東京には世界で2番目に多くフォーチュン500企業が集まり、世界最高のタワーや、もっとも混雑した都市交通システムが存在しています。
そんな日本で開発されつつあるテクノロジーが今、オリンピック体験を変えようとしています。それがいつかは世界を変えるかも知れません。
世界最大の首都、東京。Image: Wikicommons
日本は世界でも最も自動化技術が進んだ国です。米国や中国、韓国、ドイツ、フランスなどの大手ロボット企業が、日本のロボットメーカーと協業・競業しています。なので当然、オリンピック開催中は小さな村を成すほどのロボット集団が闊歩していると思われます。そして日本政府としても、それを後押ししているんです。
朝日新聞によれば、日本政府は「ユニバーサル未来社会推進協議会」を設置し、その一環としてロボットやいろいろなテクノロジーを街中に配備するプロジェクトを立ち上げています。それは年齢や国籍、障がいの有無を超えて人間の役に立つものになりそうです。
このロボット村は、オリンピックの選手村と同じ、そして高さ18mのガンダム像も鎮座する東京のお台場に設置されます。でもオリンピック期間中、東京ではもっとたくさんのロボットが稼働しているはずです。オリンピック期間中92万人と予想される外国人観戦者の多くは、手近なロボットに声をかけ、翻訳や道案内を頼むことができ、移動したいときは自動走行車に乗れることでしょう。ホテルからデパート、東京の羽田空港にいたるまで、パーソナルで礼儀正しいロボットが無数の人間と共存しています。彼らは荷物を持ったり、ホテルにそれを預けたり、東京スカイツリーへ観光に連れて行ったりしてくれるんです。
ガンダムがあるお台場が、2020年のオリンピック村となる。
日本の英語レベルは、他の先進国と比べると低いです。この10年で日本語を学ぶ外国人の数が爆発的に増えたとはいえ、観光客にとってはかなり大きな言語的・文化的障壁があります。そのため、日本では2020年までに先進的な翻訳技術を生み出そうとしています。
日本政府の独立行政法人である情報通信研究機構(NICT)では、VoiceTraというリアルタイム翻訳アプリを開発しています。それはウルドゥー語やブータンのゾンカ語などを含む27言語のテキスト翻訳に対応しています。音声翻訳はもっと難易度が高いのですが、NICTでは音声コンテンツの90%は把握できるとしています。音声での対応言語は今のところ英語、日本語、韓国語、中国語で、2020年までに全部で10以上の言語に対応していく予定です。このソフトウェアはパソコンやスマートフォンで使えるのはもちろん、ランドマークやショッピングモールのような観光客の多い場所、そして病院のような場所でも使えるようになります。
一方民間セクターでは、パナソニックが首に着けるペンダント型翻訳ガジェットを作っています。それは日本語を10の言語に翻訳可能で、東京に降り立つたくさんの観光客に使われることを目指しています。パナソニックでは、日本語の標識をスキャンするとその場で翻訳できる外国人訪問者向けスマートフォンアプリも提供予定です。これらは日本だけでなく、世界中で使えるはずです。
日本の大手ゲーム会社のDeNAとスタートアップのZMPは、2020年のオリンピックまでに東京の道路に運転手なしのタクシーを走らせようと計画しています。テック企業大手のグーグルやアップル、Uber、そして自動車メーカーのBMWやトヨタ、メルセデス・ベンツなどが入り乱れて自動走行車を世に出そうとしている中、DeNAがそれを実現できればかなりのお手柄です。
でも東京は地球上最大かつもっとも人口密度の高い街です。1300万人がそこに密集し、さらにオリンピック開催中はその観客として1日あたり92万人が加わります。オリンピックまでに本当に運転手なしのタクシーが実現すれば、それは格好のテストの場となるでしょう。
日本の公共放送NHKは、オリンピックを8Kで放送しようと計画しています。1960年代、オリンピックをきっかけにカラーTVブームが起きたときのように、日本企業は今新たな高画質を日本や世界のデファクトにしようと目論んでいます。
Japan Timesによれば、メード・イン・ジャパンの8K、つまり7680 x 4320画素、または現行のHDの16倍という次世代の解像度が提供されることになります。NHKは8Kの開発において世界をリードしており、研究開始は1995年にまでさかのぼります。8Kを世に出す者がいるとすれば、それは日本となるでしょう。
10月にはシャープが8KTVを発売する予定です。ただしお値段1600万円で85インチもあり、一般家庭向けではありません。でもNHKは、2020年までに8KTVが一般家庭に普及していることを願っています。もしかしたら、野球やサーフィンなど人気のスポーツが8Kで見られれば需要が高まるかもしれません。2020年のオリンピックでは、それらに加えて武術やスケートボードなどが追加種目候補になっています。
東京での8KTVのデモ。
燃料源としての海藻のメリットについてはこちらにも書かれていますが、原発問題を抱える日本にとっては海藻がより魅力的な代替燃料になっています。ボーイングのようなビッグネームもその計画を支援していて、今後はさらにグローバルな商用化につながる可能性もあります。
海藻は二酸化炭素を吸収して、それをエネルギーに変換します。しかもトウモロコシのような地上の作物に比べて単位面積あたり60倍もの燃料産出量があり、生育も比較的簡単です。また炭素を発生する石炭プラントの隣に海藻プラントを設置すれば、排出ガスレベルも低減できます。ただし問題はコストで、海藻を使う方法だと1リットルあたり約2.5ドル(約300円)もかかるんです。本当に有力な代替燃料になるには、その金額が80セント(約100円)に近づかなくてはいけません。
でもボーイングでは、オリンピック観光客を載せたジェット機に海藻由来の燃料を使うことで日本に協力しようとしています。東京大学や日本政府、日本航空、全日本空輸など40以上の組織が飛行機の次世代燃料を検討するコンソーシアムを組織していて、ボーイングもそこに参加しています。彼らは2020年に日本を訪れる数百万の観光客に、海藻を含むバイオ燃料フライトを提供することを目指しています。それができれば、石油燃料に比べて排出ガスを最大70%も削減できます。オリンピックという大舞台で海藻の有効性が実証されれば、より多くのフライトでも使われていくことになるでしょう。
日本航空はボーイングや東京大学などと共同で、東京オリンピックまでにバイオ燃料フライトを実現することを目指している。Credit: Shutterstock
エネルギーといえば、日本はもうひとつ画期的な代替燃料をメジャーにしようとしています。それは宇宙でもっともありふれた元素、水素です。
ウォールストリート・ジャーナルによれば、東京都は今後5年間、オリンピックまでに400億円を投じて水素エネルギーの利用を促進し、日本を「水素社会」に変えようとしています。燃料電池による水素と酸素の化学反応を利用すれば、不要な排出物ゼロのエネルギーが生み出せるんです。
計画では、オリンピック村全体を水素エネルギーで稼働させ、少なくともバス100台、プレスラウンジ、選手の寮などを燃料電池で動かそうとしています。また水素を送るための巨大地下パイプラインまで計画されています。AutoBlogによれば、日本政府の燃料電池自動車台数の目標はオリンピックまでに6,000台、2025年までに10万台となっています。また東京都は462億円を投じて水素ステーション設置やトヨタの燃料電池車「MIRAI」の購入の補助金としています。それらは、福島原発事故を受けて非核エネルギー源を拡張しようとする日本のより大きな計画の一部です。
燃料電池は世界でも普及しつつあり、東京オリンピックがモデルとなれば、他の場所でも追随されるかもしれません。
世界最大の自動車メーカー・トヨタが発表した燃料電池車「MIRAI」。日本政府は燃料電池スタンドを日本中に設置したいとしている。
日本の天文スタートアップ「ALE」は、CNETやJapan Timesなどによれば、人工の流れ星を作ろうとしています。実現すれば、史上もっとも鮮烈な開会セレモニーができそうです。
ALEを立ち上げたのは天文学博士・岡島礼奈氏で、その構想は文字通り宇宙スケールです。彼らは日本の大学とともに立方体の小型衛星を設計しており、それを宇宙に打ち上げ、極秘素材でできた直径数センチほどの球体を発射します。それが秒速8kmほどで飛び出すと、空気中の摩擦によって輝きます。Space.comによれば、大気圏再突入でこの小さな星は燃え尽きてしまうので、宇宙ゴミになる心配もないそうです。
ALEによれば人工流れ星は3等星くらいの輝きになるそうなので、明るいビルとスモッグに囲まれた都心部でも肉眼で見えそうです。岡島氏は、自然ではあまり見られない流星群のパターンに似せたいと言っています。また個々の「星」の組成を変えて違う色を出したりもできるそうです。
日本の天文スタートアップALEは人工流れ星を作ろうとしている。
ただしこのショーには400万ドル(約4億8000万円)ほどかかりそうです。が、人工流れ星は単にきれいなだけでなく、研究用ツールとしても有用そうです。本物の流星群はコントロールできませんが、このシステムによって物体が地球の大気を飛んで来るときの動きや温度変化を観測できるからです。
50年前に新幹線で人類に高速鉄道をもたらした日本ですが、今は次世代の鉄道リニアモーターカーに注目が集まっています。この分野では他の国もそれなりに進んでおり、たとえば中国の上海ではすでに11年間運行が続けられています。が、ついに東京でも、2020年までにリニアモーターカーが走ることになりそうです。日本のリニアモーターカーを管轄するJR東海は、2020年までに東京から甲府、そして2045年には大阪までを結びたいとしています。
今年、日本はリニアモーターカーで時速603kmという史上最速記録を突破しました。日本は国内での開発だけでなく、米国など外国にも売り込もうとしており、ワシントンDC・ボルティモア間の路線建設コストの半分を負担する意気込みです。
リニア技術を広げたい日本、2020年には時速400マイル(約640km)近くも出せるか。Credit: Getty
実験的な新しいテクノロジーを商用化することはつねに挑戦です。技術的難易度だけでなく、物理的に供給が間に合うかなど、2020年までの実現性を疑う理由はたくさんあります。東京オリンピックの準備では、新国立競技場問題、エンブレム問題と仕切り直しが続いています。完璧主義と細部へのこだわりで知られるこの国にとって、こうした事件は恥であり、野心的な計画がさらに遠のいたように感じられているかもしれません。
それでもオリンピックの歴史をひもとくと、ホスト国が世界を変える技術をデビューさせた事例がいくつもあります。1912年のストックホルムオリンピックでは、選手のパフォーマンスを測る電子時計が初めて大規模に使われました。また世界初のPAシステムが使われたのもストックホルムオリンピックでした。
1936年、ベルリンで行われた夏季オリンピックでは、カメラとテレビ技術が活用され、オリンピックがTV放送イベントとなりました。2008年の北京オリンピックではIBMのスーパーコンピューターが天気や大気汚染の予測に役立ちました。さらに先日、IBMではワトソン級の人工知能を北京などの大気の汚染予測に使うと発表しました。
東京のテクノロジーハブとしての地位を考えると、オリンピックからとてつもないエンジニアリングやテクノロジーが誕生してもおかしくありません。東京という濃密な都市の、オリンピックという人類最大のパーティで、ロボットが素晴らしいカスタマーサービスを提供できるなら、きっと世界のどこででも同じことができるはずです。
Top image: Shutterstock
Bryan Lufkin-Gizmodo US[原文]
(miho)