「そのボタンだけは絶対に押すなよ」。
フィクションの世界だけでなく日常生活でもすっかり浸透しているフレーズですが、そもそもこのボタン(得てして色は赤)はどこから来たのでしょう? そして私たちはなぜ、「ダメ」と言われると押したくなる欲求に駆られるでしょうか? 米GizmodoのBryan Lufkin記者が、いわゆる「赤いボタン」の歴史とその心理学について調べてみましたよ。
「冷戦中に、悪名高い赤いボタンが押されることはなかった」という比喩があります。それが押されていたら核爆弾が飛び交ったことでしょう。もちろん、そんなボタンは存在しなかったのですが…。それどころか赤いボタンというものは通常、危険なシチュエーションを招くためではなく、止めるために使われるものなんです。その起源を正確に突き止めるのは難しいのですが、あるテクノロジーが危険だと考えられたため、簡単にそして即座に中断できる機能が必要となり、赤いボタンが誕生したんだとか。
そのような停止させる機能はキルスイッチともよばれています。それ以外の方法では無効にできないような緊急時にデバイスを終了させるための安全装置、いわば物理的な強制終了です。ときには、それが危機的な状況から逃れる唯一の手段なんてことも…。
いわゆる「赤いボタン」が誕生した時期は謎のままですが、だいぶ前から使われていたようですよ。1965年に出荷されたIBMのSystem/360モデル65コンピュータには、コンソールの右上にかの有名な緊急用のボタンがついていました。それは大きく目を引くような赤色のスイッチで、他のボタンやスイッチらと一線を画していたのです。同機のユーザーマニュアルによれば、このスイッチを押すとシステムを構成するあらゆるユニットの電力がすべて切られてしまうとか。
公共の交通機関においては、非常ブレーキが赤いボタンなんてこともあります。車のダッシュボードにある、ハザードランプをつけるためのスイッチも真っ赤ですよね。火災報知器も赤一色で、むやみに押されないようにガラスで覆われています。
原子力発電所のなかには、「スクラム・スイッチ(緊急停止ボタン)」というものを設置しているところもあります。そのスイッチが押されると、核反応を停止させるために原子炉に制御棒を挿入される。つまり、原子力による災害の発生を食い止めるという役割を持ったスイッチなんです。
2009年、当時米国務長官だったヒラリー・クリントン氏はロシアのセルゲイ・ラブロフ外務大臣にジョークとして赤い「リセット・ボタン」を贈呈しました。米露関係の新時代の到来を告げるためです。そのジョークはスペルミスによって不発に終わってしまったものの、このやりとりから赤いボタンはアメリカの大衆文化にすっかり浸透しているということがわかります。
バナナの皮でズッコケたり、金床が落下してきて命中したりするギャグと同様に、このフレーズは昔から存在するもの。あるキャラクターが「どんな状況下であっても、このボタンを押すなよ」と、忠告されます。しかし好奇心旺盛なそのキャラクターは言いつけを守らずに赤いボタンを押してしまう。そしてどうなるかというと…何かが爆発するという流れ、もはや定番ですよね。
何十年にもわたり、弱い意志を試し激変する結末に拍車をかけてきた赤いボタンは、さまざまなジャンルに登場する装置といえるでしょう。TVTropes.comではこういったボタン絡みのフレーズを、“What Does This Button Do? ”、“Plot-Sensitive Button” や “Don’t Touch It, You Idiot! ” といった昔から存在する筋書きのなかに仕分けていますよ。赤いボタンはたとえばジェームズ・ボンド作品であれば、脱出装置がついた座席や原子炉を起動する引き金などといった形で出てきました。アニメ「デクスターズラボ」では、主人公デクスターの活発な姉ディディが彼の言いつけに背いて赤いボタンを押してしまい、その結果、悲惨なことになるというのがお約束になっています。そして、映画「メン・イン・ブラック」では、エージェントのKがJに緊急時以外は触るなと忠告した「小さな赤いボタン」が車に設置されています。このボタンを押すと、何の変哲もない車が、搭載したロケットエンジンのパワーで壁走りするようなマシンへと変身するという筋でした。映画「スペースボール」では、敵役ダースヘルメットが赤いボタンの上に投げ飛ばされ、ボタンを起動させてしまい、その結果、宇宙船は自爆してしまいます。
このような創作の世界においても、赤いボタンが使われるようになった時期を正確に突き止めるのは難しいもの。でもかなり初期の例に1970年のPlayboy誌に掲載された、伝説的なSF作家リチャード・マシスン(「アイ・アム・レジェンド」「縮みゆく人間」等の作者)による「運命のボタン」という短編があります。原作のあらすじは、ボタンの入った箱を受け取ったある夫婦がそれを押すたびに5万ドルを受け取ってゆく。しかし、そのたびに彼らが知らない誰かが死んでいくというものです(アイザック・アシモフにも1953年の同名の短編(邦題は「バトン、バトン」)がありますが、そのストーリーはまったくの別物です)。1980年代に放映された「新トワイライトゾーン」のエピソードやキャメロン・ディアス主演の映画「運命のボタン」はマシスンのこの短編にインスパイアされました。
登場人物はボタンを押したのか? だとしたら、何回押したのか? この短編は、ボタンがキャラクターの暗愚な一面に入り込む、あるいは少なくとも好奇心が良心に勝ることを表すために使われた、大衆文化における極めて初期の作品です。
もし目の前に赤いボタンがあったとして、押さないでいるのはとても辛いですよね。特に触るなと言われていれば、なおさらです。
心理学者そしてカリフォルニア州立大学の教授であり、心理学とテクノロジーについての著作を執筆しているラリー・ローゼン氏いわく、「私たちはボタンを押すことで快楽を得るドーパミンが分泌されると期待するから、喜んでどんなボタンをも押したくなるのです」とのこと。「少なくともドーパミンは、ボタンを押すとどうなるのかを見るまで分泌される、つまり不安を感じると分泌されるコルチゾールを抑制してくれる」んだとか。
一般的に、何かをするなと言われれば言われるほど、禁じられたことをやりたくなるものです。それは「赤いボタン」に結び付く行動で、“Forbidden Fruit”、“Curiosity Killed the Cast” や “Do Not Do This Cool Thing” といったフレーズにも通じます。心理学的には、自分の選択的自由が脅かされるとき、その自由を守らなければならないと感じてタブーとされることをやりたくなる心理的リアクタンスとして説明をつけられます。アメリカでは飲酒が許される年齢は比較的高いのですが、その心理的状況が大学生の未成年による違法な飲酒を助長していることが研究で明らかになっているんだとか。
ボタンについて突き詰めていくと、「力」と同等なものだとわかります。押せば必ず何かが起きる。その「何か」が必ずしも悪いことではないのが、現実の世界です。人やモノを呼び出す、飛行機の座席の上にある呼び出しボタンなんかがそうですよね。ボタンを押せば、何かを成し遂げたり手に入れたりするのを手伝ってくれると思うから私たちは押したくなるのです。そしてボタンを押すなと言われれば、押したい衝動に抗いがたい人もいるでしょう。それが人間の本質というもんです。
今年の4月にRedditが仕掛けたエイプリル・フールのジョーク「The Button」は、社会的な実験へと変貌していきました。ボタンとともに画面上には60から0に減っていくタイプのタイマーが表示されており、ネット上の他の誰かがボタンを押せば、リセットされてしまうというもの。ユーザーたちはギリギリのところでタイマーを切らせまいとしたので、Delayed Gratification(じっくりと時間をかけて得られる満足感)のケーススタディのようになりました。しかし常に世の中にいる誰かがクリックしようと構えていたため、なかなかタイマーはゼロにならなかったのです。ついにゼロに到達したのは6月の初め、そのころまでに2カ月以上の時間と100万回以上のクリックが費やされていました。
ほかの形でも、赤いボタンの心理はゲーム化されています。プレイヤーを嘲笑いながらボタンを押させようと(あるいは押させまい)とするウェブサイト上のゲームはほかにもあり、5,500以上ものレビューが寄せられたAndroidのアプリなんてものもあります。
ソーシャルメディアにどっぷり浸かった現在の環境において、キルスイッチや爆弾などの起動スイッチといった役割を持つ赤いボタンに取って代わったのは、異なる種類のボタンでした。タッチスクリーンやサイト上にあるデジタル化したボタンです。少なくともフェイスブックでは通知の表示は赤い色のままですよね。誰かからのメッセージや投稿した写真へのいいね!などの通知に、すぐさまチェックしなきゃと私たちは急かされるわけです。
「メールや通知が来たことを示す“ボタン”に私たちは本能的に反応し、パブロフの犬のような行動をとって、そのボタンに対応するために急ぐ己の姿に気付くのです」とローゼン氏は語ります。物理的であろうがデジタルであろうが、目の前にボタンがあれば、押さなきゃと思う。なぜなら、それが何かしらの満足感をもたらすから。もしくは、少なくともそうなると私たちは期待してしまうものなんです。
image by Jim Cooke / Wikipedia / Dailymotion / YouTube
Bryan Lufkin - Gizmodo US[原文]
(たもり)