「お前が一体なに言ってんのかも分かんねぇし、誰がこんなクソに金を払うのかも分からねぇよ!って、ピッチが終わった途端、開口一番にそう言われたんですよw」
デラウェア州で法人登記、満を持してのプロダクトリリース。渡米し、意気込んで多数のVC回りもした。そして東京で行われたSlush Asiaファイナルで、歯に衣着せぬ毒舌で知られる500 Startups創設者のデーブ・マクルーアに上記のように痛烈に批判され、プロダクトに根本的な問題があることに気がつく……。
と、そんな風にピボットを決める前の状況を振り返るのは、2013年2月にAlpacaDB(創業時の日本の法人名はIkkyoTechnology)を創業した横川毅CEOだ。
ディープラーニングを使った画像認識をサービスとして提供する「Labellio」をベータ版としてリリースしたのは2015年6月のこと。もともとAlpacaDBはデジタルデータの大半を占める非構造化データを処理する労働集約型の仕事を弱いAIで代替するという目標を掲げて創業していたので、画像認識領域でサービスを提供するのは自然なことだった。GPUが利用できるクラウド側で、ある程度汎用のディープラーニングの処理環境を用意してサービス開発者やエンジニアのプロトタイピング用途に向けて提供するというのがLabellioだった。
Labellioベータ版リリースのブログエントリはエンジニア界隈でちょっとした話題とはなった。ただ、いま振り返って読むと、すでにリリース時点で「用途が良く分からない」と当事者自らが語っているのは良い兆候ではなかったのかもしれない。画像のシーン解析や定点カメラの状態検知、SNS上の画像から特定プロダクトを認識する、などといった用途例を並べた後に、AlpacaDB自身が以下のように書いていたのだった。
「ただ、もちろん、用途は上記だけではないです。正直、プロダクトを作成した僕らもこのサービスで何を生み出すことができるのかわかっていません。画像認識をこれほど簡単にデザインできるプロダクトはこれまで存在しなかったので、これまで一部の人しかできなかったことが、だれでも利用できるようになったことで、たくさんの「新しい用途」が見つかるのではないかと思っています」
リリース数カ月で1200の画像認識分類器と800件のユーザー登録があったものの、確立された新しい用途を短期間で見つけ出すのは容易ではなく、結局ピボットすることに決めた。
横川CEOは、次のように振り返る。「ディープラーニングを活用した画像認識のスタートアップにはmetamindという会社もある。ただ、彼らも迷走している感がある。技術フォーカスじゃないとダメだと考えるあまり、そもそも(ユーザーがほしがるものを作れという)スタートアップの基本が欠けていた。テクノロジーアウトじゃなくて、誰が喜ぶのか考えろよということですよね」。
同じディープラーニングを活かして今度はデイトレーダー向けのトレーディングプラットフォーム「Capitalico」(キャピタリコ)を開発すべく、AlpacaDBは今日、総額100万ドルの資金調達をしたことを発表した。今回のラウンドで出資するのはイノベーティブ・ベンチャー・ファンド、アーキタイプベンチャーズ、エンジェル投資家の木村新司氏、ビップシステムズだ。これまでにAlpacaDBはMOVIDA JapanGenuine Startups(MOVIDA JAPANから独立したVCファンド)から500万円のインキュベーション資金のほか、経産省の目利き事業による補助金や日本政策金融公庫の借入などで3000万円ほど資金を調達している。
さて、読者の99%くらいはデイトレーダーではないだろうから、このAlpacaDBのピボットに対して、「デイトレかッ!」というツッコミをしたくなる人が多いに違いない。ぼくはそうだった。
ただ、トレーディングにターゲットを絞ったのは、共同創業者を入れて7人いるメンバーで徹底して議論した末のことだという。
「6月から7月に社内で議論しました。これをやり続けるのならオレは辞めるというメンバーが出るほど議論をした。動画に技術を適用してカメラ監視に特化したらどうかという議論もあって、実際にリサーチも行った。ただ、それができたとしても嬉しくないし、いくらヒアリングしてもハラオチしなかったんです。でもトレーディングであれば、喜ぶ人がいるだろうと。少なくとも自分は嬉しい」
AlcapaDBは2015年7月から3カ月をかけてCapitalicoのMVPを作り、この10月初頭から少数の限定ユーザー向けにβ版を公開している。一般公開は2016年1月を予定している。ディープラーニングを使っているが、画像認識でCNN(Convolutional neural network)を使っていたのに対して、時系列データを扱いやすいRNN(Recurrent neural network)を使うように変更しているという。
横川CEOはもともと慶応大学卒業後に6年ほど大手投資銀行のリーマン・ブラザーズと野村證券にいて金融関連の仕事に就いていた。リーマン・ショック後に野村に移籍して2年ほど経った頃、家庭の事情で実家で仕事せざるを得ない状況となったことから退職。その後の3年間はフルタイムのデイトレーディングをやっていたという。デイトレーディングを生業とする人たちの中には、横川氏のように、ほかにできる仕事がないからという理由でやっている人もいるそうで、そういう人たちを助けたいという思いがあるそうだ。
Capitalicoは、ウェブ上でユーザーがプログラミングを一切必要とせずに自動取引アルゴリズムを生成できるプラットフォームだという。先物や為替取引のためのテクニカルのチャート分析を行うためのプラットフォームで、トレードの意思決定をするためのもの。
機械学習で何をするかというと、これまでデイトレーダーがやっていた分析、例えば「バックテスト」と呼ばれるモデルの検証を助けること。チャート分析は、各種指標の時系列での動きを視覚化して、そこから法則性を導いて、これをアルゴリズムに落とすというような作業をする。何を指標として自分のダッシュボードにどう表示するかはトレーダーによって異なる。また、どういう時間軸で分析するかもトレーダー次第。
「チャートがこういう動きをしたときには、直後にはこういう値動きがあるのではないか」という仮説を立てて、これを過去のデータに当てはめて検証する。これがバックテストで、こうした解析はかつて簡単なプログラミングができる人たちだけが可能だったという。これをCapitalicoではノンプログラミングで行い、アルゴリズムが手元に溜まっていくようにしていくそうだ。以下は9月にNVIDIAが主催したGPU関連の技術カンファレンスのGTC JapanでAlpacaDBの林佑樹氏が行った説明のスライドだ。
「Capitalicoに似たテクニカル分析サービスとして、すでにQuantopianというのがあります。彼らはユーザーにPythonを書かせますが、ぼくたちはそこの部分が勝手にできるものを提供しています」
デイトレーディングは、ごくごく少数の人だけが儲けている上に、極めて投機的なギャンブルのようなもの。勝った、負けたは結果論でしかなく、常に大勝ちしている人がいるのはカジノと同じで単に確率の問題。上位1%とか2%の大金持ちにしたって運を実力だと思い込むギャンブラーと同じではないのか? ということを横川CEOに聞くと、次のような答えが返ってきた。
「デイトレで負けてる人はカンに頼っている人たち。ロジカルじゃないんです。ロジカルに分析して過去に遡って仮説を検証できるようにする。移動平均線のこういう位置関係にあったとき価格がこう動く、というアイデアがあるとき、それが本当なのか、確率はどのくらいなのか。これをノンプログラミングで分析するのがCapitalicoです」
どうして利益が出せるのかといえば、市場のプレイヤーにはいろいろな人がいて、異なる時間軸と思惑で値段を見て売り買いしているからだそうだ。例えば生命保険のALMをやってる人は為替から儲けようということは考えていなくて、ポートフォリオのバランスを取ってるだけ。だから決まった日に銀行に振り込むだけだし、1年単位で数字を見ている。デイトレーダーは1日単位、あるいはもっと短い5分単位のようなチャートを見て稼ぎを取りに行くことができる。
正直ぼくにはデイトレーディングにどういう本質的価値があるのか、そしてそれがどこまで大きくなるのか分からない。横川CEOは「特定のプロフェッショナルをサポートして彼らの業務を自動化していくサービスは経済的に意味がある」としていて、「みんなが特定の価値だけに縛られない生き方ができる世界を目指していて、人類によるお金への依存性が現状よりも少しでも減るような社会が実現されることで僕たちが思い描く世界に近づけるはず」と話している。