わくわくする技術の裏側です。
このところめまぐるしい進歩を遂げている義肢技術。さいきんではデザイン性の高いものなどもたくさん登場して、わたしたちを驚かせてくれています。ギズモードでもexiiやウルヴァリンの爪がついたものなど。新しいかたちの義肢を紹介してきました。
とはいえ、義肢技術のなかでもまだまだ発展途上なのが触覚機能。感覚フィードバックがまだ十分ではないことは義肢の未来を考えるうえで大きな壁となっています。義肢のモーターを適切に制御するには、さわった物体がどんなふうに反応したのかを感じられることが重要。それがないと、温度や触感を感じたり、どれくらいの力を物体に与えるべきかを判断することは難しくなるためです。さらに、触感(もしくは触覚を感じたと思うこと)は幻肢痛の原因となることもあり、およそ80%の使用者が影響を受けるとされています。
そんななか、スタンフォード大学の研究チームは物体の力覚情報を受けとって信号を脳細胞に送ることのできる人工皮膚を開発に取りくんでいます。チームを率いるのは電子工学を専門とするBenjamin Teeさんです。
人間の皮膚に人工皮膚が追いつくにはまだまだ時間がかかりそうです。しかし、Teeさんたちの研究は、触覚機能をそなえた義肢の発展にとって大きな一歩になることはまちがいありません。
人工の機械受容器を搭載した伸縮自在の皮膚(Credit: Bao Research Group/Stanford University)
チームが開発した人工皮膚は、新しい圧力センサーとフレキシブルな有機電子回路を使って、静的な物体に触れたときの力覚情報を取得します。今回チームがサイエンス誌に発表した実験では、受けとった力覚情報を光遺伝子学技術をもちいて培養したマウスの脳細胞に送ることに成功しました。
実験で使ったのは「Ditact(Digital Tactile System)」と呼ばれるシステム。低出力かつ柔軟なトランジスタ回路で受けとった圧力から信号を生成してくれます。まさにわたしたちの皮膚にある機械受容器のような働きをしてくれるわけですね。生成された信号は電圧パルスに変換されます。
「DiTact」システム(Credit: Tee et al., 2015/Science)
研究者は広い範囲で圧力を記録するために、ピラミッド状に形成したカーボンナノチューブを使用しました。
共著者のAlex Chortosさんは米gizmodoへのメールで、次のように話しています。
センサーにはカーボンナノチューブを添加したピラミッド状のゴムを使用しています。ピラミッド間の距離やピラミッドのサイズ、カーボンナノチューブの濃度などを柔軟に変えられる構造は、とても使い勝手のよいものといえます。適切な範囲で、適切な圧力の検知特性を実現できるからです。
このミクロな構造のおかげで、センサーの感度を人間の皮膚受容器にかぎりなく近づけることに成功したといえます。
さて、信号を受けとった後はどうなるのでしょうか。感覚フィードバックをには、脳にそれらの信号を送りこむことが必要です。研究者たちはこれらの信号(0~200Hz)光信号に変換、光ファイバーでマウスの大脳皮質神経細胞に送りました。「DiTact」はまだ開発途上のため、今回の実験で使ったのは生きたマウスの脳ではなく、培養した脳細胞です。
「DiTact」システム (Credit: Tee et al., 2015/Science)
こういった技術はオプトジェネティクス技術と呼ばれるもの。光を受けとると発火もしくは抑制されるように、神経細胞に遺伝子操作を行ないます。たとえば、神経細胞に藻の遺伝子を導入すると青い光に、バクテリアの遺伝子を導入すると黄色い光に反応するようになります。
今回の実験では神経細胞が感覚情報を処理するスピードを考慮して、これまでとは別の方法でオプトジェネティクス技術を応用しています。
生物の機械受容器は1秒ごとに数百もの電気信号を生成することができる。これを踏まえたうえでChortosさんは次のように話しています。
従来のオプトジェネティクス技術では脳細胞を刺激することしかできません。実際の機械受容器を再現するにはあまりにも遅すぎるスピードでした。
Chortosさんが指摘していたのは、Andre BerndtとKarl Deisserothの研究。この研究では従来よりもすばやく脳細胞を刺激することを可能にしています。その速度はなんと機械受容器に匹敵できるほどなのだとか。
Teeさんたちは、光に反応する新しいタンパク質がインターバルの長い刺激にも対応できることをあきらかにしました。つまり、ほかのFS細胞(末梢神経など)にも応用できるかもしれないということ。今後「DiTact」は生きたマウスや人間でも実験されるかもしれません。研究者チームも、次のステップは生きたマウスでセンサーの実験をすることだと話してくれました。
ペトリ皿のなかの細胞に信号を送ることができたとしても、それがちゃんとした形で伝わっているのか判断できないんじゃないの?と疑問に思った人もいるはず。Chortosさんはその質問にも答えてくれてます。
わたしたちのセンサーが生きた個体に正しい情報を送れることは、行動キュー(たとえば圧力に対する動物の反応)によってちゃんと証明されています。究極的なテストは人間にセンサーを取りつけて、どんなふうに感じるかを調査することです。ほんとうに自然な感覚を得るには、このデザインをこれから細かく修正していく必要があります。
そして究極のゴールは人間の義肢に人工皮膚をとりつけること。共著者のAmanda Nguyenさんは次のように話しています。
人工的な機械受容器は、ほかの研究者たちが開発している義肢の感覚フィードバックにも、大きな影響を与えるだろうと考えています。わたしたちのシステムを人工義肢に搭載するうえで安全面の懸念は、神経細胞へのパターン刺激とインターフェースでしょう。
Ngyenによると、感覚フィードバックについての既存の研究は十分に将来有望なのだそう。ただし、感覚フィードバックを得るために神経を適切かつ安全に刺激するには、より大規模な人間への実験が必要だと話しています。
刺激パラメーターは理解されはじめています。人工的な機械受容器のアウトプットは、そういった範例にしたがって調整していけるでしょう。今回の実験ではシステムの効率性や安全性がはっきりと示されました。感覚に障がいのある人の生活を向上させる可能性は、十分あるのではと期待しています。神経機能の代替についての倫理的懸念と同じくらいメリットもあるはずです。こういった技術を人間に応用していくことで神経科学への理解が深まり、もっと繊細な感覚の実現が可能になるでしょう。
実際こういった分野の研究は、より安全で倫理的に怪しいものではなくなってきています。オプトジェネティクス技術を安全に人へ応用するには、メスをいれて光ファイバーのワイヤーを脳に接続したり、被験者にウィルスによる遺伝子を操作する必要をなくすことが大切です。
マテリアル・サイエンスとエンジニアリングを専門とするMITの教授Polina Anikeevaさんによると、被験者の幹細胞をもちいて、特定の波長の光に反応するように体外での遺伝子操作を行なうことができるとのこと。さらに、これらの細胞を被験者の末梢神経に再導入し、あとで被験者の神経を刺激することも可能です。このやり方なら、倫理的に危うい遺伝子操作も頭部にとりつけるワイヤーも必要ありません。神経への刺激によって神経細胞を修復したり、人工的なセンサーに繋いだインターフェースも実現できるとAnikeevaさんは話しています。
もちろん、こういった技術が数年後に登場するわけではありません。しかし、Teeさんたち研究者によって、そういったゴールへの道はどんどん開かれつつあるのはたしかです。
George Dvorsky - Gizmodo US [原文]
(Haruka Mukai)