22歳という恐らく国内最年少のVCが誕生した。
元学生起業家で、2014年7月から独立系インキュベイトファンドでアソシエイトとして活動していた笠井レオ氏が今日、「IF Angel」というファンドを立ち上げたことを発表して活動を開始した。LP出資するのはインキュベイトファンドで、IF Angelという名前が示すようにインキュベイトファンドから独立した形だ。ファンドサイズは1.5億円。笠井氏が単独の個人ジェネラル・パートナー(無限責任組合員)となっている。22歳が負うにはちょっと重たい借入を個人でしていて、笠井氏の自己資金もファンドに入っている。すでにインキュベイトファンドではIF Angelのように若手キャピタリストのファンドに対して出資(ファンド・オブ・ファンズ:FoF)してきていて、これまでに「プライマルキャピタル」や「ソラシード・スタートアップス」が設立されている。
ぼくが初めて笠井レオ氏に会ったのは2年前のTechCrunch Schoolというイベントでのことだった。トークセッションが終わるなり、目をキラキラさせて、ものすごい勢いで手を挙げてくれたのが、当事学生起業家だった笠井氏だった。正確に言うと、そのときすでに「実は先週、休学していた学校を退学しました!」と発言していたので、すでに学生起業家そのものではなかったのだけど。
笠井氏は、2012年5月にProsbeeという会社を設立して読書関連サービス「Booklap」を世に問うた。起業は大学在学中の19歳のときのこと。1年間休学して、インキュベイトファンドやVOYAGE GROUPなどから投資を受け、最盛時にはフルタイムが5人、外部ライターなども全部入れると15人くらいのチームとなっていた。
「でも、事業は全然うまくいきませんでした。次の(資金調達)ラウンドに進むか、それとも残金を精算して会社をクローズするのかという岐路に立ったのが2014年6月でした」(笠井氏)
ユーザー数は少しずつは伸びていたものの、当初想定していた数十万UUには遠かった。Booklapは書籍の一部を引用してコメントする形でシェアできるソーシャルサービスだったが、すでに先行していた読書メーター(後の2014年9月にドワンゴが17億円で買収)などに対して勝ち目がないように見えたと笠井氏は振り返る。
Booklapのサービスで学んだことは、SEOがカギとなるサービスで勝つには2つの条件が必要だということだという。新しいキーワードが出てくることと、それが大きなトラフィックを生むこと。
「書籍の場合は、そもそも昔から多くのサイトがあってコンテンツが蓄積されています。どんどん新しい本も出てきていますが、ヒットとなる書籍は少ないのです。例えば、ニンジン、切りかた、という検索ワードで、今からクックパッドには勝てないのと同じです」
Booklapはソーシャル時代らしく実名制採用とか、コンテンツの一部を引用してコメントできるなど目新しい機能はあったが、先行サービスに対して差別化といえるほどのものではなかった。
2014年6月に会社を清算した。この時点では笠井氏は「次は何の事業で起業しようかと考えていた」という。リサーチャーとして独立系VCのインキュベイトファンドに入り、もう1度スタートアップをやろうと事業機会を探していた。
インキュベイトファンドで2014年7月にアソシエイトになって活動する中で、笠井氏は徐々に考えが変わって行った。起業したいという思いは変わらなかったものの、「VCとして起業しよう」という考えに至ったのだそうだ。VCのパートナーを間近で見るようになって、「起業家とあまり変わらないんだなと思った」というのが理由の1つという。
これは多くのスタートアップ業界関係者が言うことだが、独立系VCのパートナーたちの多くは「投資家という役割の起業家」だ。大手投資会社やCVC、あるいは事業会社などで修行を積み、その経験や知見、業界内で築いた人的な信用のネットワークを活かして自らファンドを組成。ファンド出資者にリターンを返すべく奔走する。このとき、多くのVCは自己資金をファンドに投資することで自らリスクを取る。それはコミットメントを示す意味もあるし、出資者と運用者のインセンティブを一致させる意味もある。アメリカではファンド規模の1%とか2%を、そのファンドのジェネラル・パートナーが自己資金として投資することが多い。十分なリターンが出せないと、投資家としての評価が下がって次のファンドが組成できないし、自分も経済的痛手を受ける。
IF Angelの強みは、笠井氏と同年代の若い起業家のネットワークに笠井氏自身が「中の人」として存在していること。優秀な起業家を発掘するというよりも、友だちの友だちという広がりの中から投資先を見つけるスタイルになるという。例えば、いま投資を検討している起業家は2年前からの友人だという。
VCを含む複数のスタートアップ業界の関係者に、若い人が独立VCの道を歩むことについて感想を求めると、「もっと事業経験を積んでからのほうがいい」という意見もあれば、「起業家と同じ目線でシード期に本気でコミットして伴走できるVCは、実は日本に多くない。そうした人材は極めて重要」という意見もあった。
IF Angelの1件あたりの投資額は1000万円程度になる見込み。インキュベイトファンドのほうはファンドが3号目となって、シード投資といっても大型案件が多くなっている。このため投資規模の違いで、IF Angelとインキュベイトファンドは相補関係にある。笠井氏はインキュベイトファンドのアソシエイトとしての籍も残してあるそうだ。
インキュベイトファンドは2010年の設立以来、これまでに累計で100社程度に投資してきている。笠井氏は新規投資に関わる一方で、6社ほどの投資先の経営会議にジェネラル・パートナーとともにオブザーバーとして出席することで「(VCが)裏方に徹して仕事をして、それで会社が伸びるのを見た」という。
「最後は起業家を信頼して背中を押すんですが、いろんな業界を見てきたパートナーたちは、人や情報を集めてくることができる。あらゆる領域を全て知ることはできません。でも投資家には広いネットワークがあって、それで解決できることがあるんです」。
力強く成長するスタートアップ企業の創業者たちが、ユーザー視点で深く物事を考えていて、多くの試行錯誤を繰り返す中で少しずつ当てながら伸ばしていくという様子を見ることができたのは、気づきに繋がったという。
インキュベイトファンドは、もともとハンズオンを強くやるタイプのVCで、投資家と起業家がチームとなって事業モデルを構築することがある。むしろ事業ドメインを先に決めていて、起業家に対して一緒にやれるならやりましょうと提案するスタンスのこともある。例えば最近だと、ある自動車関連スタートアップでは約10カ月をかけて、5回ぐらい事業プランを変えて1億円ほどの投資を集めた例があるのだそうだ。
笠井氏は、インキュベイトファンドの4人のジェネラル・パートナーからの影響に加えて、シリコンバレーの名門VC、セコイア・キャピタルのジェネラル・パートナー、ダグラス・レオーネ氏の影響を強く受けているという。以下のTechCrunch創業者マーケル・アーリントンとのインタビュー動画は100回以上も見ていて、憧れのキャピタリストだという。実際にアメリカに行って本人にも会ってきたそうだ。
「ジムで走るたびに、ずっとこの講演を聞いています。もうダグの発言が全部そらで言えるぐらいに内容を覚えています。セコイアが運用してきた何千億円というファンドの80〜90%は非営利団体の資金です。大学系の基金で、そのリターンが奨学金になったりして、また大学へ還元される。ダグは、そういう仕事が誇らしいというんですね。そうやって投資家という立場から社会貢献をすることもできると知って、これをやりたいと思ったんです」