前回、日本におけるベトナム人の増加を追跡してみたが、その要因として、ベトナム本国での経済発展に加え、ベトナム人には親日家が多いということも挙げてみたい。今年の6月、大手代理店「電通」がクールジャパン関連事業として実施した「ジャパンブランド2015」調査の発表では、対象国・地域20カ国のうち、日本に対する好感度がもっとも高いのは2014年同様ベトナムであった。
●親日家の多いベトナムちなみに調査が実施された国・地域は中国(北京・上海)、香港、韓国、台湾、インド、シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピン、オーストラリア、アメリカ、カナダ、ブラジル、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア。対象年齢20歳から59歳の男女。ベトナム人が日本を好きな理由のトップ3は、「伝統文化」「和食」「自然」の順であった。
親日家が多い理由を考えてみるに、ふと気づいたことがある。それは、両国が中国という大国と接しているということだ。現地では、「どこから来たの?」「日本です」「あー、日本かぁ。お宅さんも大変だねぇ。センカク、センカク!」とタクシーの運転手に同情されることが非常に多い。
しかも、島の名前は日本語で。そして、必ずうち(ベトナム)も大変だよといわんばかりに、ニヤニヤするのだ。英語も日本語も大して話せない運転手と、ベトナム語が話せない客のため、これ以上の会話はできないが、顔つきや話し方から何となく言いたいことは伝わってくるものだ。「お互い大変ですよね」と。
●南シナ海をめぐる「深刻な懸念」南シナ海は海底資源が豊富なこともあり、島々の領有権を主張する各国間で争いが絶えない。例えばスプラトリー諸島(中国名、南沙諸島)は、ブルネイ、中国、マレーシア、フィリピン、台湾、ベトナムと実に6カ国がそれぞれの島を領有している。また、パラセル諸島(中国名・西沙諸島、ベトナム名・ホアンサ諸島)においては、中華人民共和国、中華民国(台湾)、ベトナムの3ヵ国が領有権を主張している。昨年5月には、島の近くで、中国船とベトナム船が衝突。中国側が海底の掘削作業をし始めたことが原因だった。
これをきっかけに、ベトナム国内では、大規模な反中デモが起こり、多くの中国系企業が襲撃にあったことは記憶に新しい(※1)。このような南シナ海を中心とする不安定な国際情勢が経済に与える影響は強く、ベトナム政府を悩ます一因となっている。南シナ海における情勢を懸念しているのは、アメリカも同様だ。
今年の9月、米国の保険会社格付大手A.M.ベスト(A.M.Best)は、ベトナムの経済リスク格付けを「CRT-4(カントリーリスクレベル4)」として、「経済リスクの高い国」に分類した。調査対象国となっている東南アジア諸国で「CRT-4」に格付けされたのは、フィリピン、インドネシア、ベトナムの3ヶ国。 ベトナムを「経済リスクの高い国」とした理由の一つとして、「南シナ海における領有権をめぐる中国との対立」をあげているのは注目に値するだろう。
昨年の5月、パラセル諸島近辺で起きた中国との対立の際には、中国側は100隻超の船団で掘削海域を防衛したのに対し、ベトナム側は30隻の巡視船を派遣。圧倒的な防衛力の差を見せつけられている。中国という大国に対し、なんとしてでも同盟国のような後ろ盾がほしいベトナム。今年7月、ベトナムの最高指導者グエン・フー・チョン共産党総書記が「戦後初のベトナム最高指導者」として訪米。オバマ大統領と会談をしている。「20年前には誰も想像できなかったこと。
かつての敵同士がパートナーに変わった」と同共産党総書記自身は感慨深いコメントをだし、その後「敵からパートナーに」という見出しで大々的に報道された。会談では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)や海洋安全保障について話し合われた。ベトナム側からすれば、同共産党総書記の訪米の狙いは、南シナ海をめぐる中国についての話し合いであり、海軍力の強化をはじめ、軍事的な支援の要請であった。
また、この会談にこぎつけるまでに、両国が少しずつ距離を近づけていたことも特筆に値するだろう。例えば今年の5月、ベトナムを訪れたカーター米国防長官は、ベトナム海軍や沿岸警備隊を視察。巡視船購入資金として1800万米ドル(約22億円)を供与する方針を固めると同時に、ハノイの米国大使館に専門家を派遣するなど、人的援助も始めている。また、今年の8月には、米海軍の病院船がベトナム中部のダナン市にあるティエン港に寄港。「パシフィック・パートナーシップ(PP)2015」と題し、災害救助訓練、軍人がかかりやすい病気に対するセミナーなどが開かれている。
また、翌9月には、かねてより結びつきの深いロシア側へ発注していたキロ型潜水艦の進水式がロシアのサンクトペテルブルグにて行われている。これは、2009年にロシアに訪問したグエン・タン・ズン首相が潜水艦6隻の購入契約を交わしたことによるもので、単に潜水艦を提供するだけではなく、ロシア側がベトナム人乗組員の訓練をするという内容も含んでいる。このようなことから、数年前からハード面だけではなく、ソフト面に関しても、ベトナムがいかに防衛力に力を入れているかがうかがえる。(※2)
大国アメリカ、ロシアときたら、次は日本だ。日本中が安保関連法案で揺れ動く9月上旬、同共産党書記長は日本を訪れ、安倍首相と会談(※3)。各紙では、あまり大きく報道されなかったものの、二国間の経済連携や、安全保障・防衛分野の協力について話し合われた。具体的な内容としては、オバマ大統領との会談と同じく環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結に向けての連携、また、日本側がホーチミン市の総合病院建設で286億円の有償資金協力をすること、日本側がベトナムに中古船舶を無償供与するとともに、海上保安庁がベトナムの海上警察の人材育成に協力することなどであった。同会談でも、南シナ海における中国に対する「深刻な懸念」についても共有したとされている。さて、気になるのは、明らかにされていないその「深刻な懸念」の具体的な内容だ。
●ホルムズ海峡よりむしろ南シナ海一昨年9月、オバマ大統領が「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と宣言。その後、中東の駐米軍を大幅に撤退させるなど、これまでの動きを変えているのは顕著だ。また、それに呼応するかのように、世界の流れや各国政府の対応も変わってきている。
南シナ海は日に日に緊張度を増し、ベトナムであれば、これまで見てきたように、着々とアメリカやロシア、日本など各国に援助を要請し、防衛力を高めようとしていることがうかがえる。また、今年の6月、フィリピンのアキノ大統領が来日。安倍首相との会談では、やはり南シナ海における「深刻な懸念」を共有するとともに、防衛装備品の供与についても協議している。さらに同月、海上自衛隊とフィリピン海軍が「災害救援を想定した共同訓練」を南シナ海で実施している。南シナ海の島々を領有する近隣諸国の動きを追うと、南シナ海をめぐる危機的状況、それを抑えるためにいかに各国が努力を積み重ねているかがわかるだろう。
今回、安保関連法案成立が懸念されることの一つに、中東有事での軍事支援が可能になるということが挙げられてきた。まるで耳にたこができるほど言われてきた、例の「ホルムズ海峡での機雷撤去」である。だが現実的に考えてみるに、より懸念すべき地域は、ホルムズ海峡よりもむしろ近場の南シナ海なのではないだろうか。法案成立直前に来日したベトナムのグエン・フー・チョン共産党総書記の動きを見ても、察することができるだろう。それをあえて政治家たちがあまり口に出さなかったことに、真実があると思われてならないのだが。
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(※1)中国企業だけではなく、多くの日本、韓国、台湾企業もその襲撃を受けた。暴動後数ヶ月は、自己防衛のため、町中を走る車も、ベトナムと日の丸のシールを貼って走るなどの光景も見られるようになったという。また、この時期、中国の南シナ海での石油掘削に反対するため、ホーチミンでは、女性がガソリンを全身にかぶり、焼身自殺している。現場に残されたかばんには、中国に抗議する内容の手紙が残されており、反中抗議の目的で自殺を図ったと見られている。遠く離れた米国でも、現地在住のベトナム人が、同じく反中抗議の目的で自殺。乗っていた車の中から、南シナ海での中国による石油掘削に反対する内容の走り書きのメモが見つかっている。
(※2)一方、経済面においてもぬかりない。ベトナムは今年の6月、かねてより結びつきの強いロシアが主導権を握るユーラシア経済連合(EEU)と自由貿易協定(FTA)に調印。
(※3)この会談を実現するまでに米国の際と同じく、前段階としてすでに動きが始まっており、例えば今年の8月、日本政府は政府開発援助(ODA)の無償資金協力として中古船舶6隻や海上保安関連機材を提供している。
Written Photo by クリス・フェラビー