スポーツ選手の子供が親と同じ競技で活躍したり、絵画や音楽などのアーティストの子供が親と同じジャンルで頭角を現したり。ある才能が、親から子へと受け継がれるかのように見えるケースは世の中に多々ある。ただ、このようなケースでは子供が幼い頃から英才教育を受けているなど、環境に恵まれている可能性も高いはず。人の才能は、どこまでが遺伝によるもので、どこまでが環境によるのだろうか?
慶應義塾大学の安藤寿康さんは、2000組以上の双子を対象に大規模な統計調査を行い、遺伝と環境の関係を調べている。その研究成果からは、「人のあらゆる能力や行動は、遺伝の影響を受けている」と考えられるという。
「私はもともと『人は環境でつくられる』という考えを持って遺伝と環境の研究を始めました。でも、行動遺伝学の分野ではすべての能力や行動に遺伝の影響があるとされていて、実際に双子を集めてデータを取ってみても、一卵性双生児のきょうだいの能力や才能は、二卵性双生児のそれと比べて明らかに類似性が高かった。遺伝による影響の大きさが、はっきりと数字に表れていたんです」
現在までに世界各国で行われた双子の研究では、かなり詳細な項目について遺伝と環境の比率が算出されている。その一覧を見ると、音楽、数学、スポーツ、執筆などの項目では遺伝率が80%以上、知識、記憶、美術、外国語でも50%以上を遺伝が占めている。また、外向性や勤勉性といった「パーソナリティ」や、アルコールや煙草などへの「物質依存」、自尊感情や権威主義などの「社会的態度」においても、少なくとも30%以上は遺伝の影響が見られるのだ。
「遺伝率が80%ということは、生まれ持った遺伝的素質の影響が大きく、家庭や教育などの環境によって変化させられる部分が20%しかないということ。環境が占める割合が20%と40%では、同じ社会に住んでいるのであれば、40%の方が2倍変化しやすいといえます」
この数字は一卵性双生児と二卵性双生児を比較した統計調査をもとに算出したもの。この先、遺伝子の研究がさらに進めば、遺伝子を調べて個人の能力や職業の適性を診断するような時代が来る可能性もあるのだろうか…?
「現在の技術や知見でそれができるかというと、不可能です。将来的に多少精度が上がったとしても結局は確率論であり、“科学を装った占い”の域を出ないでしょう。遺伝的な素質というのは、学力であれ、スポーツや芸術の才能であれ、特定の遺伝子が原因になるような単純なものではありません。たくさんの遺伝子が組み合わさり、抽象画のようにその人の遺伝的な素質を形づくっている。その遺伝子自体に意味はありませんが、ある社会や文化の枠組みにはめたときに初めて、スポーツマンや音楽家の才能という形になって見えてくるのです」
自分の遺伝的素質がどんな形をしているのかは、本人が様々な経験を積み、学習し、トライアルを重ねないと見えてこない。安藤さんは「その才能を本人が見つける機会を増やしてあげるのが、親や先生などの身近な人たちであり、教育の役割」だと考えている。
「社会には様々な尺度や価値観がありますが、遺伝子がもたらすバリエーションの方が、比にならないほど大きい。1つの社会のなかで全員の素質を活かしきれるほど、我々の社会は多様性を持っていません。だからこそ私は、どこにどんな才能が潜んでいるかわからないという可能性を感じます。遺伝的素質が環境とずれているために才能を発揮できない人が、自分が生きるために環境を変えることもある。それが社会のイノベーションになっていくのではないかと思うんです」
遺伝的な素質というのは、生まれつき人の内にあって逃れられないもの。でも、だからといって自分の子供に才能がないと悲観する必要はない。大切なのは、様々なことにトライさせ、幅広い経験を積む機会を与えてあげること。2万種以上の遺伝子の組み合わせが持つ可能性は、それだけ大きなものなのだ。
(宇野浩志)
※当記事は2015年10月25日に掲載されたものであり、掲載内容はその時点の情報です。時間の経過と共に情報が変化していることもあります。