バブル時代ならいざ知らず、いまや「タクシー移動」など高嶺の花、という読者世代には朗報かも知れない。国土交通省はタクシー料金を「短く安く」する方向で検討を始めた。初乗り距離を短くするとともに初乗り運賃を安くし、近距離でも気軽に利用できるようにするねらいだ。国土交通省自動車局旅客課の担当者が語る。
「省内の検討会で英米と比べて日本の初乗り運賃が高いことが指摘された。初乗り運賃を引き下げれば利用者の利便性が高まって需要が増えるとの意見もあり、2016年度中に実証実験を行なうことにしました」
実験では初乗りの距離と料金を半分程度にする予定。「短く安く」する方針が実現すれば、東京都23区で現在、「初乗り2km730円」の料金が「初乗り880mで370円」まで一気に下がるかもしれない。
その一方で初乗り区間終了後、280mごとに90円加算される現行の料金システムは変わらず、2km以上、乗車すると現在と同じ料金になるという。これまで以上に短距離の利用者が得をするシステムだ。
初乗り料金を一気に半額にする背景には、縮小を続けるタクシー業界の業績悪化がある。1990年代前半に2兆7000億円を超えていた全国のタクシー売上高は2012年度に1兆7000億円まで減少した。2015年度の国土交通白書によると、2000年代に19億人を超えていたハイヤー・タクシーの年間輸送人員数は2008年のリーマン・ショック後に激減し、2013年度は15億人に満たなかった。
そもそも、高い初乗り料金は日本のタクシー業界の発展を阻むボトルネックだ。実際、アジア旅行に出かけたら、現地のタクシーの初乗り料金が100~200円台で日本のタクシー料金の高さを思い知ったという人も多いだろう。
先進国のなかでは決して日本のタクシー料金は高くないというのがタクシー業界の言い分だ。しかし、東京ハイヤー・タクシー協会がまとめた「東京のタクシー」という報告書には、「諸外国のタクシー業界の現状」という面白い項目がある。
〈東京のタクシーは、国際的に運賃がリーズナブルで比較的参入しやすい市場といえます〉
彼らはそう「自画自賛」するが、報告書に記された料金は東京が初乗り730円に対し、ニューヨークは301円(2.5ドル)、ロンドンは451円(2.4ポンド)となっている(2015年2月末時点)。初乗り料金だけを比べれば、東京が圧倒的に高いのだ。
もっとも、初乗り距離を見ると東京2kmに対してニューヨークは320m、ロンドンは約260mにとどまる。チップを換算すると、日本のタクシーは長距離利用になればなるほど、ニューヨークやロンドンより運賃が安くなる仕組みだ。
こうした料金構造のなか、国の進める「初乗り半額」は利用者を潤すことになると大阪の格安タクシー会社「壽タクシー」の浦木山峰壽社長が指摘する。
「私どもの経験値では、タクシーに搭乗するお客さまの7~8割が2km未満で降車します。これが半額になったら多くのお客さまが喜ぶはずです」
とくに大きなメリットを享受するのがシニア層だ。超高齢化のなか、体力や健康の面から、わずかな距離の買い物や通院にも苦労する人が増えている。都内に住む60代男性がニュースを知って声を弾ませる。
「高齢で膝を痛めてから、徒歩圏内だった病院まで歩くのが辛くなりました。とはいえ、片道730円のタクシー代は高すぎるので我慢して歩いています。片道400円未満ならバス感覚でタクシーを利用できてありがたい。腰を痛めている妻の買い物も楽になるでしょう」
「初乗り半額」は低迷するタクシー業界に現われた久々の妙案と言えそうだ。
※週刊ポスト2015年12月11日号