イオン、イトーヨーカドー。食品から衣料品や住居関連用品などを幅広く扱う総合スーパー(GMS)が苦しんでいる。
イオンのGMS事業は赤字が続き、コンビニ最大手「セブン-イレブン」が絶好調なセブン&アイ・ホールディングスですら、イトーヨーカドーについては今後5年で全体の2割に当たる40店舗を閉鎖する方針を表明している。ユニーグループ・ホールディングスが、ファミリーマートとの経営統合に踏み出したのも、GMS「アピタ」「ピアゴ」の不振が背景の一つにある。
昨年の消費増税後、スーパーは二極化の様相を見せた。特徴を打ち出せないGMSが振るわない中、ライフコーポーレーションやヤオコーなど、首都圏を中心に展開する主要な食品スーパーは生鮮食品や惣菜に力を入れた結果、値上げの反動減をはね飛ばして業績を伸ばしている。
そうした堅調な食品スーパーの中でも異色の存在が、「成城石井」だ。
直近本決算(2014年12月期)の売上高は600億円を超えているもようで、3年前から2割以上も増加。今年度(2015年12月期)も含めて、今後さらなる伸びが見込まれている。営業利益率は6~8%程度とみられ、通常は2~3%が一般的なスーパーのそれを大きく上回る。店舗数は都市部を中心として132カ所に上り(11月26日現在)、首都圏だけでなく東海、近畿にも広がっている。駅ナカの限られたスペースに入る小型店から、郊外の大型店まで、店舗の形態も多様だ。
成城石井をめぐっては昨年春から秋にかけ、ファンドが保有していた成城石井株の売却をめぐってローソンや三越伊勢丹ホールディングス、エイチ・ツー・オー リテイリング(H2O)、イオンなどが争奪戦を繰り広げた。それを射止め、昨年10月末に子会社化を完了したのはローソン。成城石井はローソンの傘下に入って、ちょうど1年が過ぎたところだ。
成城石井の特徴は、決して安いとはいえない高価格帯の商品を扱う高級スーパーだということ。アベノミクスによってこの数年は景気回復基調がみられてきたが、それまで長らく続いた不況の中で、デフレ、節約志向が染み付いた日本人を相手に、なぜそんなビジネスモデルが支持されてきているのか。その秘密を探ってみよう。
「成城石井でしか買わない」顧客を惹きつける理由
「原材料調達から製造方法まで非常にこだわっている。粗利率が約40%と高く、一方で生鮮品の構成は20%以下で、都市型生活のニーズを満たすモデル。高額消費と低価格志向という二極化が進む中でこれは武器になる」
昨年10月、東洋経済の取材に応じたローソンの玉塚元一社長は、買収を決めた成城石井をベタ褒めしていた。成城石井の強さのひとつが、品そろえの豊富さだ。輸入商材、隠れた名品、地方の名産品をはじめ、独自商材が極めて多い。
ワイン、チーズ、生ハム、紅茶、コーヒー、オリーブオイル、ジャム、味噌、牛乳、豆腐、納豆、昆布、鰹節、ダシ、チーズケーキなどなど、有名なメーカーのものも置いてあるが、成城石井でしかお目にかかれない商品も多い。買うときの選択肢が幅広い、ということだ。
人気の高い成城石井オリジナルのコーヒーは、オールアラビカ種。クオリティに対するコストパフォーマンスの良さが支持を得ている。プロのコーヒーショップのマスターが買いに来ることもあるという。
チョコレートは本場ベルギーやフランスからの直輸入品も多い。また、ただ輸入したものを店頭に並べるだけではない。輸入品はワンパックの量が多く、また包装は日本のクオリティのほうが高いため、小分けして自社で包装し直しているものもある。
成城石井のこだわりが詰まっているのが、「オリジナル商品」と呼ばれるプライベートブランド(PB)商品だ。成城石井は満足する商品が市場になかった場合、自分たちで満足できるものをつくってしまう。
中でも目を引くオリジナル商品がプレミアムチーズケーキ。多いときには1日に5000本以上売れるというこの商品は、ほとんど機械を使わず、一つ一つ手作りしている。常温で保存できる点も人気の秘密だ。
自家製ソーセージは国産のフレッシュな豚肉を使用。ドイツ岩塩で味付けし、ポークウインナーは天然の羊腸に詰めて作る。燻製用木材は本場ドイツからブナの木を取り寄せている。世界最高峰の食肉加工コンテストで数々のメダルを獲得するなど、その技術と品質は本場ドイツでも認められているレベルだ。オリジナル商品の数は2000点以上に及ぶ。
驚くべきこだわりの数々
スーパーでは食品工場などへの外注で総菜を品揃えしているのが一般的ながら、成城石井は自社で工場を持ち、200種類以上の総菜や加工食品を製造し、全国の店舗へ配送している。
総菜はすべて一流のホテルやレストラン、和食店などで働いていたプロの料理人が作る。こだわりの食材を使用し、機械は使わず基本的に手作業で作っていく。
なぜ手作業にこだわるか。それがいちばん美味しいとわかっているからだ。人気商品のポテトサラダは、ジャガイモの皮を手でむいていく。1日に500kgから600kg、2500個ものジャガイモが手むきされている。多くの食品工場ではジャガイモの皮を一瞬でむいてくれる機械が使われているにもかかわらず。「ジャガイモは皮の真下が一番おいしいので、その部分を残してむくためには手作業しかない」のだという。
味付けも、化学調味料はできるだけ使用しない。合成甘味料、保存料、合成着色料は一切使わない。当然、賞味期限は短くなる。保存料を使えば長持ちし、売る側は圧倒的に楽だ。だが成城石井はそれをしない。「家庭で作られている料理に、保存料や着色料は入っているか?」が考えの原点だ。
これほどまでのこだわりを聞くと、「それでも高い」か、「ここまでしているならこの価格は安い」か。後者が少なくないのである。なぜ成城石井はここまでこだわるのか。そのルーツは、1980年代にある。
成城石井は今から30年以上前、まだ成城にしか店舗がなかった頃、ワインの直輸入を開始した。きっかけは、顧客の声だったという。成城には、ヨーロッパに居住経験のある人や、感度の高い文化人と言われる人たちがたくさん住んでいた。その人たちから言われたのだという。「本場ヨーロッパのワインはもっとおいしい」と。
ワインの輸送は今も主に船で行われているが、船便は輸送中の品質管理が難しく、温度管理をしていない鉄のコンテナで赤道直下を通ると、高温にさらされることが原因でワインの味を落とすことがよくあったそうだ。
30年以上前の出来事を振り返ろう
成城石井は、輸送中の温度がワインに影響を与えないよう、常に温度を一定に保つ「定温輸送」でワインを輸入することにした。だが当時は定温輸送などよほどの高級品でなければ行われておらず、商社の取り扱い金額も高かった。そこで自社の貿易会社を作り、直輸入を始めた。輸送後の保管状態にもこだわり、定温管理の倉庫を建造し、24時間、温度や湿度を管理し、記録している。
ワインをいい状態で販売できるようになった後に求められたのが、「ワインに合わせるもの」だ。チーズ、オリーブ、生ハム、チョコレートなど、成城石井は独自の商品を仕入れ、品揃えを増やしていった。
筆者が成城石井の何人もの社員を取材して感じたのが、経営者からお店の販売員まで、どの人も言うことが同じということだ。
口をそろえるのは「お客様のため」というキーワードだ。「お客さまにご満足いただく、お客さまに喜んでいただく。それだけを目指し、動いている」特に創業の地、成城(東京都世田谷区)は都内でも屈指の高級住宅街であり、そこに住む人たちの食に対する興味や関心は高いものがあった。先ほどのワインの話もそうだが、本物志向で、妥協はしない。「高くて良いもの」というだけでは不十分で、「いいものを適正価格で」が求められた。
成城の人たちをいかに満足させるか、それが成城石井のルーツと言っていい。店舗数が増えても、駅ナカのような新たな形態の店舗ができても、今もその姿勢はまったく変わっていない。求められていることに、とにかく1つひとつ応えていく。やらなければいけないこと、基本を徹底する。そしてそれをひたすら継続する。
その姿勢をまさに地で行く話を耳にした。たとえば首都圏で大雪が降ると、一般的な小売りの物流は麻痺してしまう。雪でトラックが動けなくなってしまうという物理的な理由だけではない。通常の動きに乱れが生じると伝票の処理が一気に複雑になるため、配送センターが配送を止めてしまうことはよくある。それはいわば店や会社の都合だ。
成城石井はそれをよしとしない。商品を欲しがっているお客に対し、処理が複雑になっても、まずは商品を届けるのを優先し、伝票処理などは後回しにする。用意さえ整えば出荷する。ある店に商品が足りない。しかし近くの別の店には余っている、というようなときは、店員がその商品を運ぶこともあるという。
店同士もライバルではないのか、店ごとの売り上げなども関係してこないのかと思ってしまううが、お客には関係のない会社や店の都合など気にしないのが成城石井の考え方だ。
「儲けを考えない」ことが大きな儲けにつながる
店員が商品を他の店に運ぶなど、手間もかかり、移動には費用も発生する。儲けを考えると、とても非効率的な行為だが、あくまでお客が求めていることを成城石井は大事にしている。ある商品が欠品しても売り上げは下がらないかもしれないが、「あの店に行けばいつも買える」という安心感や信頼関係をお客との間で築くことのほうが、儲けよりも重要という視点である。
そこまでの徹底した顧客優先の姿勢が、やはり顧客には伝わっている。昨今の成城石井の快進撃が、それを裏付けている。そもそも成城石井が貿易会社を設立してワインやチーズの直輸入を始めたのも、儲けようと思ったからではない。顧客の求めるものを手頃な価格で提供したい、本当においしいもの、こだわったものをとことん突き詰めよう、というところからスタートした。
最初から品揃えを多くしようとしたのではない。結果として、他社が真似できない仕組みや品揃えにつながった。
成城石井の原昭彦社長は「消費の2極化が起きている」と語っている。とにかく安い、を求める消費と、価格は安くなくともこだわった商品、安全・安心な商品、ちょっといい商品が欲しい、という消費だ。
成城石井は、日本全国のスーパーマーケットと提携し、成城石井のオリジナル商品や直輸入している輸入商材などの商品を各地方スーパー内で販売する「成城石井専門コーナー」を展開している。価格はそのスーパーで売られている商品価格の2〜3割程度高いが、多くのスーパーで人気を博しており、商品価値やこだわりが評価を集め、売り上げが当初予測の1.5倍、リピート率が40%近くに及んでいる店もある。
「高いから売れない」は勝手な思い込みにすぎない。また、高いものを買うのは収入の多い人たちかというと、決してそのようなこともない。成城石井は「ターゲットゾーン」を明確に定めてはいない。そもそも、おいしいものを食べたいという気持ちは男性にも女性にもある。そこには年齢も収入も関係ない。
実際、決してそこまで年収が多いとは思えない若い女性も、成城石井で自分へのご褒美として少々高額なシャンパンやワイン、チーズや生ハムを買っていくことは珍しくないという。
成城石井は「マーケティング」という言葉を好まない。もしマーケティング、ターゲットゾーンといったことを考えていたら、若い女性のシャンパン需要を逃してしまっていただろう。成城石井がこだわっているのは、たった一つ。それは「お客の期待にどう応えていくか」。「ビジネス」「商売」における本質である。