JR九州が2013年から走らせている豪華列車「ななつ星in九州」が快調だ。3年目に入った今年になっても一向に人気が衰える気配はなく、予約が殺到している。決して安い料金ではない。それでも、ななつ星の平均抽選倍率は33倍と極めて高い(15年11月現在)。しかも、申込者のうち3割近くをリピーターが占めているというから驚きだ。
その影響力は九州にとどまらない。ななつ星に刺激を受けたJR東日本も、豪華列車を走らせ始めている。日経産業地域研究所の調査によると、16年のヒット予想で堂々第2位にランクインしたのが「クルーズトレイン(豪華列車)」だ。そのきっかけとなったのが、JR九州であり、ななつ星だ。
●JR九州の躍進
JRの鉄道事業は、1987年に当時の国鉄が分割され、全国7社に分割・民営化された。その後、JR東日本、JR西日本、JR東海のいわゆる本州3社については、政府が所有する株式すべてがすでに売却され「完全民営化」を実現している。
本州以外の3社(北海道、四国、九州)および貨物については、今も特殊会社であり、税金の一部減免や損失補填などの措置がなされ、依然厳しい経営状況にある。本州とは異なる地理的・構造的な問題を抱えている。
そのようななかにあって、JR九州の活躍は目覚ましい。水戸岡鋭治氏が中心になってデザインした数々のユニークな特急列車は子供たちに夢を与えてくれる。冒頭に述べたななつ星もそうだが、豪華スイーツ列車など次から次へと新サービスを打ち出し続けている。話題だけでなく、実際に大きな成果を収めている。ななつ星効果で知名度も上がり、海外から九州への訪問客も増加しているほどだ。
●それでも鉄道事業は赤字という現実
JR九州の15年3月期の連結営業利益は、前期より4割ほど多く130億円に上っている。駅ビルや不動産など関連事業が好調だったためで、本業である鉄道事業の営業損益は140億円の赤字だという。33倍もの予約が殺到しているななつ星ですら、赤字といわれている。
企業の経営状態を見る手段に管理会計がある。どの事業、どの製品、どのサービスが黒字か赤字かなど経営状況をつぶさに把握し、経営方針を決める有効手段といえる。ただし、どこに費用をつけるかなど、運用はそう単純ではないので注意が必要だ。
さて、問題はその解釈・運用方法だ。単に赤字だからと切ってしまうのであれば誰にでもできる。経営者が考えなければならないのは、赤字だが残すべき事業かどうか、あるいは黒字だが撤退すべき事業かどうか、全体と将来を見て判断しなければならない。
JR九州の場合も、駅ビルや不動産事業は鉄道事業との相乗効果があって成り立っている。ななつ星についても、単独で見れば赤字かもしれないが、海外で知名度が上がり九州への訪日客が増えれば、JR九州はもちろん九州経済全体にとっても有益だ。
こうした、管理会計には現れにくい背景まで深く洞察しないと、他に影響を及ぼしている事業を切ってしまい、黒字事業までダメにしかねない。それこそ経営者の腕の見せ所といえる。
●もうひとつの問題は社員の気持ち
ななつ星では、3泊4日の旅の最後にバーラウンジにすべての乗客が集まりフェアウェルパーティが開かれる。クルーの手を握り、感謝の言葉を述べながら、ほぼ全員の乗客が感動と喜びで涙を流すという。乗客ばかりではない。毎回乗っているクルーも一緒に泣いてしまう。ななつ星で働くスタッフたちのモチベーションはいかばかりかと思う。ななつ星にかかわらない社員たちも自社を誇りに思うことであろう。
その一方で、人間である限り、ななつ星のような輝かしい職場以外で働く社員たち、それでいて黒字に貢献している人々が、時として羨ましい気持ちになることもあるだろう。現在放送中の人気連続テレビドラマ『下町ロケット』(TBS系)にも、そうしたシーンが出てくる。
企業は、目玉となる花形製品やサービスを持つことが重要だ。たとえそれが管理会計上赤字であっても、目に見えない影響力を考慮して、継続していかなければならない。と同時に、花形部署以外で働く社員たちの気持ちにも配慮しなければならない。経営者には、まさにそこを両立させる気配りと手配りが求められる。
セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長は、「統計と心理」を経営哲学として掲げているが、まさにこうした経営課題についても当てはまる重要な原理原則といえよう。
(文=宮永博史/東京理科大学大学院MOT<技術経営>専攻教授)