11月27日、NTTドコモはスマートフォン(スマホ)向けの放送サービス「NOTTV」を、来年6月30日で終了することを発表した。サービス開始当初より成功には疑問の声が多く上げられていたNOTTVではあるが、なぜこのタイミングで終了させるという判断を下したのだろうか。
●会員数も伸び悩んでいたNOTTV
日本でのiPhone発売からたった8年で、生活に欠かせない存在として定着したスマホ。それだけに、スマホを取り巻く環境変化が著しい中でさまざまなサービスや企業、メーカーなどが姿を消していったことも忘れてはならない。
実際、スマホ時代に入ってパナソニック モバイルコミュニケーションズやNECカシオモバイルコミュニケーションズ(現・NECモバイルコミュニケーションズ)がスマホ端末事業から撤退したほか、LINEとコミュニケーションツールの座を争い、激しいCM合戦を繰り広げたディー・エヌ・エーの「comm」など、多くのアプリやサービスが姿を消している。そしてまた1つ、姿を消すことが明らかとなったサービスが存在する。
それはNOTTVだ。NOTTVは、ドコモのグループ会社であるmmbiが提供している、スマホ向けの放送サービス。地上波アナログ放送終了後の周波数帯域(V-High帯)を使用したモバイル端末向けのマルチメディア放送「モバキャス」上で提供されている放送局であり、12年4月より提供されている。ワンセグより高品質な映像を提供できるほか、電子書籍やゲームなどの蓄積型コンテンツも提供できることが大きな特徴となっている。
このNOTTVを主導してきたのは、mmbiの親会社でもあるドコモだ。同社はこれまで、自社が発売するスマホの多くにNOTTVのチューナーやアプリを搭載してきたほか、ドコモショップ店頭でNOTTVの加入促進に向けた取り組みを進めるなど、積極的にNOTTVをサポートしてきた。
だが11月27日、mmbiはNOTTVを来年6月30日に終了すると発表。それと同時にジャパン・モバイルキャスティングもモバキャスを終了すると発表しており、モバイル向けのマルチメディア放送自体が完全に幕を下ろすこととなる。mmbiの発表によると、終了に至った大きな理由は「昨今のスマートフォン向けのインターネットによる映像配信の普及等により、当初想定していた会員数の獲得に至らず、今後の事業継続が困難な見込みであることから、NOTTVサービスを終了することといたしました」とされている。
実際NOTTVの会員数は、2013年6月に100万人を突破して以降伸び悩んでおり、さまざまなてこ入れ策が実施されたものの、今年10月時点では147万契約にとどまっている。NOTTVを運営するmmbiも、ドコモの15年3月期第1四半期決算で約500億円の純損失を計上していることが明らかにされるなど、厳しい状況であったことをうかがわせている。
●ネット動画とiPhoneが影響か
モバイル向けのマルチメディア放送に関しては、地上波デジタル放送のモバイル版というべきISDB-Tmm方式を推すドコモと、クアルコムが提唱するMediaFLO方式を推すKDDIとの間で、放送用の電波獲得に向けた激しい争いを繰り広げ、結果としてドコモに軍配が上がったという経緯がある。それだけに、NOTTVはサービス開始当初より大規模なプロモーションを実施するなどして、ユーザー獲得に向け力を入れていた。
しかしながらサービスを利用するユーザーの側からは、開始当初よりその内容に疑問の声が多く上げられており、成功が疑問視されていたのも事実だ。その大きな理由は、mmbiが終了の要因として挙げている通り、インターネット上での動画配信サービスの人気にある。
12年当時を振り返っても、当時すでにYouTubeやニコニコ動画が人気を博すなど、ネット上の動画配信が大きな注目を集めていた。さらに現在では、国内上陸が注目されたネットフリックスやドコモが力を入れる「dTV」などに代表される、毎月一定の金額を支払うことで多数の映像作品を視聴できるオンデマンド型の定額動画配信サービスが注目を高めている。
しかも、NOTTVがサービスを開始した12年頃には、既に高速通信が可能なLTEに対応したスマホが登場していた。さらに同年秋には人気の高いiPhoneも「iPhone5」でLTEに対応したことから、この辺りを境としてスマホの高速化が急加速し、それに伴って動画サービスの利用も急拡大していった。
そして現在、スマホを積極的に利用する若い世代の心をつかんでいるのは、テレビよりもYouTubeという状況である。通信速度が遅く、通信料も高額であった時代ならまだしも、利便性の高いオンデマンド型の動画配信サービスが、スマホ上で安価かつ快適に利用できる環境が整っている中にあって、ユーザーがあえて放送型のサービスを利用する理由に乏しくなっていたのは事実であろう。
またNOTTVは、先の経緯にあったようにKDDIとの激しい争いの末に実施したサービスでもある。それだけにチューナーの搭載に関しても、ライバルとなるKDDIの協力が得られなかった上、ドコモ陣営の支持に回ったソフトバンクも、チューナーの搭載が難しいiPhoneの販売に集中したことから、チューナー搭載機種の投入を見送っていた。NTTドコモ以外のキャリアの支持を得られずチューナー搭載端末が広まらなかったことも、NOTTVにとっては痛手だったといえそうだ。
●真の狙いとは
ドコモはここ数年業績を大きく落とし続けてきたが、ここ最近dTVをはじめとしたネットサービスが好調に推移していることに加え、大規模なコスト削減を進めたことで、業績回復傾向にある。それだけに今回のNOTTV終了という判断は、ドコモが好調なネットサービスに経営資産を集中させる一方、ユーザー獲得に限界が見えたNOTTVに見切りをつけ、これ以上の損失を出さないよう止血に動いたと見ることができる。しかしながらドコモの最近の動きを見ると、NOTTVの終了にはもう1つ大きな意味があるようだ。
NOTTVを推進するドコモは、これまでスマホへのチューナー搭載を積極的に進めてきた。だがNOTTV、ひいてはモバキャスが利用できるのは世界的にもドコモだけであるため、独自のチューナーを内蔵することが、端末開発時のコスト増要因となっていたのは事実だ。それだけにこのタイミングでNOTTVを終了させたことからは、国内ローカルの機能を減らすことで、端末調達コストを抑えたいというドコモの思惑も見えてくるのだ。
実際、ドコモはここ最近、国内独自の要素を外して安価に端末を調達しようという動きを見せている。それを象徴しているのが、11月にDCMXからのリニューアルを発表したクレジットカード「dカード」だ。従来、DCMXで非接触決済サービスの「iD」を利用するには、おサイフケータイ機能を用いることが前提とされてきた。だがdカードではすべてのカードにFeliCa機能を搭載し、おサイフケータイ機能がなくてもiD決済を可能にしている。これは国内ローカルの機能であるおサイフケータイを外し、端末調達コストを下げるための準備と見ることができよう。
そしてもう1つの事例として挙げられるのが、10月に発表されたドコモの冬春モデル。実はこの時発表されたスマートフォン新機種の中には、現在日本でしか利用されていない1.5GHz帯の周波数帯に非対応のものが2機種採用されているのだ。自社が保有する周波数帯にフル対応していない端末を採用するというのは、従来のドコモではあまり考えられなかったことだけに、このことも国内ローカルの要素を可能な限り減らし、海外端末などを調達しやすくするための動きと見ることができる。
NTTドコモが端末調達コスト低下を進めている背景には、総務省がSIMロック解除義務化や2年縛りの見直しなどを次々と打ち出してきたことで、販売奨励金によって高価な端末を大幅に値引きする、従来の販売手法が難しくなっていることが影響していると考えられる。
それゆえNOTTVの終了は、販売奨励金抑制の可能性が高まる今後を見据え、国内ローカルの機能や要素を減らすことで、販売奨励金を抑えてもなお安価に購入できる端末を増やしたいというNTTドコモの意向が、大きく反映されていると見ることができそうだ。
(文=佐野正弘/ITライター)