私は人前で話すことの多いビジネスパーソンや経営者にスピーチトレーニングを行うほか、「話し方の学校」を運営し、たくさんの生徒さんに話し方のコツを教えています。その経験からいうと、「話し下手」を自覚している読者が65%(問1・図1)というのは、案外少ないのではないかという印象です(編集部注=回答者の属性は全員が正社員で、うち8割が男性、年代別では40代が最多。本誌読者層とほぼ重なるため、この記事では回答者を便宜的に「読者」と呼ぶ場合があります)。
ここで重ねて「公の場で話をすることに自信がありますか」と質問したら、話し下手の割合はさらに大きくなったと思います。それだけ、多くの日本人は「話す」ということに苦手意識を持っているのです。
ところが、一方で「自分は仕事ができる」と思っている人も6割います(問2)。つまり「話し下手だが仕事はできる」という自己認識の人が多いということがうかがえます。問6「職場では人と話すよりパソコンと向き合っている時間が長い」に7割近くの人がYES(実際の回答は「どちらかといえばYES」=以下同様)と答えていますが、そうした世相も反映しているかもしれません。
もともと、ぶっきらぼうだが誠実な職人気質を好むのは日本人の特質です。ただ、これからの日本企業ではグローバル化や女性の積極登用がますます進み、職場の多様性が高まります。すると仕事で成果を挙げるためには、いままで以上にコミュニケーションの力、なかでも「話す力」が重要になってきます。
ということは、話し下手ではもう「仕事ができる」ことにはならないのです。すでにいま、図9にあるとおり、年収の高い人ほど自分は話し上手と認識しています。
では、客観的に見て「話し下手」とはどういうことでしょうか。
問12「『何が言いたいかわからない』と言われたことがある」では4割がYESと答えています。話す内容が相手に伝わっていないということは、話が下手だということです。
ところが、話し下手ではないと思っている人のうち、27%がここでYESと答えています(図2)。本当に「話し下手ではない」としたら、この結果は矛盾しています。実際には、この人たちは自覚していないが話し下手だと考えられます。
また、問3「会話中の沈黙が怖い」は、自分自身や話の中身に自信がないことの表れです。自信があれば慌てて沈黙を埋めようとはしないからです。やはり矛盾しているのは、話し上手を自任する人でも4割以上は「沈黙が怖い」と答えていること(図3)。この人たちもまた、潜在的な話し下手だと考えられます。
つまり、話し下手というのは、自覚のあるなしにかかわらず、「自分の意図を相手に伝えることが不得手な人」ということができます。
以下、アンケート結果から話し下手の特徴を指摘していきます。
まずは、話し方に関する癖や習慣について見ていきましょう。
問18「発言中、つい『えーとですね』など必要のない言葉をはさんでしまう」。よくよく観察していれば、人は誰もがそうした必要のない言葉(ノイズ)を口にします。3分の2がNOと答えていますが、それは自覚がないということです。私自身、いまでもノイズを口にしてしまうことはあります。
話の中にノイズが入ると聞き苦しいため、なるべくなくすようにするのがいいのですが、自覚がなければ矯正もできません。その意味では、YESと答えた3分の1の人の方に可能性を感じます。
話し下手の心理がよくわかるのが、問21「話をして人を楽しませるのが好きだ」と、問8「他人の服装や小物を褒めたことがない」。話し下手を自覚している人は、人を楽しませるのが苦手(図4)ですし、相手を褒めることもあまりない(図5)という傾向がはっきり出ています。
特に図5では、話し下手な人の4割もが「褒めたことがない」と答えています。
褒めるとは、言葉による相手へのプレゼント。お世辞を言うのはウソをついているようで嫌だという人もいますが、決してそんなことはありません。言葉のプレゼントを渡して相手に喜んでもらいたいと思うのは、「伝わる」という結果を重視する人のあり方です。その意識がまったくない人は、伝わらないことを相手のせいにしてしまっている可能性があります。
話し上手の条件ともいえるのが、他人への共感力です。問7「最近、テレビや映画に感動して泣いた」は、そのことを示しています。図6を見ると、話し下手ではないと思っている人は56%がYESと答え、話し下手な人の46%と比べて10ポイント上回っています。
泣くというのは、感受性の豊かさを示す1つの尺度。人の心を動かすためには、まず自分が感動していなくてはなりません。話し手の心の震動が聞き手に伝わり、共振することで共感が生まれるからです。
問9「話の中に、『たとえば……』と自分の体験談を織り交ぜるほうだ」も、話し上手の条件です。たとえ理屈は正しくても、抽象的な話を聞かされるだけでは納得しないのが人間です。そこに具体的な話、身近な体験談が入っていれば、説得力がぐんと増します。
過半数の人がYESと答えていますが、こういう美点はぜひ伸ばしていってください。
興味深いのは、個人年収600万円以上の層ではYESが62%に達し、600万円未満では49%にとどまっていることです(図10)。抽象的に話すだけでは相手は納得しないし、部下ならばついてきません。会社での役職が上がるにつれ、そのことに気づいて修正するようになるということでしょう。
問16「人の話を聞くとき、『要するに』『つまり』と要約して返す癖がある」。話を要約できるのは、理解力が高いということ。そういう人は話すのもうまいことが多く、簡潔でわかりやすい話ができます。
ただし問題は、それが口癖になっているとしたら、聞き手に嫌みな印象を与えてしまうので、人から愛されない恐れがあるということです。人にものを伝えるときは、手際よく発信するだけではなく、受信する姿勢にも気をつけたいものです。
小山昇・武蔵野社長は「『人によく思われたい』なんて意識は、ゴミ箱に捨てよ」(http://president.jp/articles/-/13977)という記事のなかで次のように述べています。
「(酒席で社員の話を聞くとき)心がけるのは、『途中で遮らずに最後まで聞く』ということです。(略)『もうわかった、結論はこうだな?』と口を挟んでしまうと、不正確な情報しか得られません」
小山さんは「『立て板に水』は信頼されない」とも語っていますが、そのとおりだと思います。
アンケート結果からは、どんな環境で育つと話し上手(話し下手)になるのかも見えてきます。
話し下手だと自覚している人のうち、「物静かな家庭で育った」人は58%に上ります(図7)。逆に話し下手ではないと思っている人はわずか32%ですから、生育環境が大きく影響していることがわかります。
それだけではなく、物静かな家庭で育った人は、4割が「他人の服装や小物を褒めたことがない」と答えています(図8)。物静かな家庭とは、おしゃべりする人が少なく、笑い声もあまり響かない家と想像できます。そこで育つと、話すこと=伝えることにたいへん消極的な大人が育ちやすいでしょう。
「物静かな家庭で育った」人も、声に出して話す表現を増やしてみてほしいですね。
もっとも、読者の6割近くは読書が好き(問13)で、文章を書くのが苦にならない(問14)。「学生時代、国語の成績や点数がよかった」という人も半数近くに上ります(問15)。これらはコミュニケーションのための大切な下地になっています。私たちは、知識も経験もアイデアも、すべて言語化しなければ話して伝えることはできないからです。
語彙力や文章力など国語の力は、話し上手になるための必要条件です。国語力が高い人は、たとえいま「話し下手だ」と自覚していようと、話す練習をすれば改善できます。
問19「演劇、ダンス、歌などの発表会に出たことがある」、問20「居酒屋で、店員を呼んでも振り向いてもらえない」は、物理的な表現力を問うています。問19はNOと答えた人が圧倒的ですが、舞台経験がある人は伝わる体感をお持ちでしょう。
問20ではYES(振り向いてもらえない)と答えた人が2割強にとどまります。お酒が入れば声が出るという場合は、生来の表現力を抑圧しているのかもしれません。
もう1つ、素晴らしい下地があります。問23「接待やデートでは、相手の好みを聞いてから店を選ぶ」では、全体の7割以上がYESと答えています。これは相手に配慮し、相手を喜ばせたいという「おもてなしの気持ち」の表れです。
日本人は相手の気持ちをおもんぱかり、相手に合わせる特質を持っています。けれども一歩踏み込んで、「相手に合わせて話す」ことは苦手です。相手の気持ちに合わせて言葉を選ぶ練習をしていないのです。
これからは話し方の練習を積んで、日本人独特の気配りや配慮という特質を、公の場でのスピーチにも活かせるといいと思います。
そもそも、問17「2020年五輪招致、東京チームのプレゼンは大げさだったと思う」に対しては、NOと答えた人が64%を超えています。安倍晋三首相以下、招致チームのみなさんは、日本国内ではほとんど見られないような大胆な身振り手振りを交えて、投票権を持つIOC委員に向けて猛アピールしました。
日本人の常識からすると、やりすぎかと思えるほどの派手なプレゼンです。しかしその結果、世界各国の委員たちの心を動かし、招致を勝ち取ることができたのです。
当然ですが、プレゼンでは話し手の都合ではなく、聞き手がどう受け取るかが重要です。そのことを理解している人が全体の3分の2もいるのです。あとは実践するだけです。
五輪招致という特別な舞台だからそうだというわけではありません。どんなに小さなスピーチでも、1人を相手にした営業トークでも構造は同じ。カギは「聞き手がどう受け取るか」。逆にいうと「話し手がどう話したいか」は関係ありません。
そのことに気づいたとき、読者の「話し下手」意識は大きく変わるのではないかと思っています。
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西任暁子(にしと・あきこ)----------