アップルは12月9日、優れたアプリを表彰する「iTunes Best of 2015」を発表した。アップルは自社でソフトウェアとハードウェアを開発することで、「iTunes」という安定かつ堅牢なコンテンツ配信環境と、「iPhone」や「iPad」という非常に高い互換性をもつ機器をセットで提供できるのが強みだ。
App Storeはキュレーターによる厳正な審査によりコンテンツの質を高水準で維持、その信頼性の高さにより日々数え切れないほどの優良アプリが登場するという好循環が続いている。その数え切れないほどのアプリの中から、さらに厳選された「Best of 2015」という栄誉に輝いたのは、登録者数が280万人を突破したスクウェア・エニックスのiPhoneなど向けRPG『MOBIUS FINAL FANTASY』。同タイトルのプロジェクトリーダー、浜口直樹氏のインタビューをお届けする。
国内外の優良アプリが一堂に集結するApp Store。iTunesはiOS、tvOSのユニバーサルアプリ化とともにゲームなどのアプリだけでなく、音楽や映画などあらゆるコンテンツのハブとしての役割が強化される
MOBIUS FINAL FANTASY
価格
無料(アプリ内課金あり)
作者
SQUARE ENIX INC
バージョン
1.3.01
ファイル容量
75.3 MB
カテゴリー
ゲーム
評価
(4.5)
対応デバイス
全機種
対応OS
iOS 7.0以降
「iTunes Best of 2015」を受賞した――まず、スマホアプリ市場に参入するにあたってどのような感想を持たれましたか?
スクウェア・エニックス 第1ビジネス・ディビジョン 『MOBIUS FINAL FANTASY』プロジェクトリーダーの浜口直樹氏
浜口直樹氏(以下、浜口) コンソール機のソフト開発は製品パッケージをつくってパッケージを売るビジネスでしたが、スマホアプリは圧倒的にFree to Play(基本プレイ無料)のビジネスです。例えば100万人のユーザーがいるゲームが存在するとして、その中で課金してくれるユーザーは約10%(約10万人)と言われています。つまりその10%のユーザーで成り立っているビジネスモデルです。さらに、10%中のさらに10%のユーザーで成立するタイトルもあったりします。個人的な意見とはなりますが、ビジネスモデルとしては非常に特殊だと考えています。
――スマホならではの特殊性について詳しく教えてください。
浜口 その10%のユーザーが仮に競合タイトルや他の趣味に流れてしまうと、そのアプリ運営が成り立たなくなってしまうという特殊性があります。その点で一部の人に売上の大半をゆだねてしまっていることはビジネスの観点からはリスクが高いと言えます。スマホアプリはつねに開発とサポートを続けながらのビジネスです。初期の開発費以外にも、運営開始後からは運営用の開発費も必要となりますので、安定した収益を確保してお客様に安心して遊んでいただくためにも、ここを改善したいという気持ちがあります。
また、スマホアプリ参入の敷居も年々高くなっているように感じます。コンソール機のソフトはある意味大手が独占していて、なかなか新規メーカーが参入しにくい印象を持つ人が多いでしょう。一方スマホアプリは数年ほど前までは新規が比較的参入しやすい環境でしたが、こちらもコンソール機と同じような現象が始まっています。大手で、ある程度著名なIP(知的財産)をもっているメーカーか、新規でもある程度潤沢な資金をもち、ぜいたくに広告に資金投入できるメーカーでないと、なかなかユーザーを獲得できなくなってきています。
もちろん例外もあって、例えば「ねこあつめ」のように新規で一気に伸びるコンテンツがあるので一概に否定できませんが、狙ってユーザーを獲得するのは難しいですね。弊社は「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」という歴史あるIPのアプリのほかにも、さまざまなアプリを開発しています。しかし、その中で芽が出るのは数タイトルというのが実情です。
開発目標は「スマホでもリッチコンテンツを楽しめる」こと――今回優れたアプリを表彰する「Best of 2015」を受賞した「MOBIUS FINAL FANTASY」についてお尋ねします。この作品が評価され、ヒットした要因はどこだと考えていますか?
浜口 MOBIUS FINAL FANTASYの開発は2013年にスタートしました。このころのiPhoneなどのスマホアプリは、2Dのカードやアイコンを利用したパズルゲームなどが市場を独占していました。現在もその傾向は続いていますが。その市場にMOBIUS FINAL FANTASYというリッチなコンテンツを提供することに対しては、社内や開発チームからも懐疑的な声が上がったのも事実です。
このころ映画「アナと雪の女王」(アナ雪)がブレイクしていましたね。私の娘も大好きで、よく見て歌を歌っていました。アナ雪のように物語をちゃんと伝えて、キャラクターをていねいに表現すれば、ユーザーはそのキャラクターに感情移入しやすくなるし、そのキャラクター自体を好きになったりします。しかし、そのためにはある程度リッチな映像じゃないとドキッとするような表情を作るのは難しいですよね。
実はMOBIUS FINAL FANTASYをプレイしてくださったユーザーさんのツイートで、「スマホゲームで初めて泣きました」などの書き込みがあったりもしました。綺麗な映像だからこそ、ユーザーに伝えられるものがあるのもまた事実。ですから、提供する媒体がスマホに変わったとしても、リッチなコンテンツを求めるユーザーが絶対にいることは確信していましたが、もちろんていねいにつくらないとダメだし、iPhoneなどスマホで気軽にプレイできる手軽さがなくなってもいけません。
スマホゲームの常識を覆すリッチなグラフィックを実現
PS4で発売される「ファイナルファンテジー VIIリメイク」とのコラボも開催
iPhoneなどスマホの手軽さというプラットフォームの特徴を生かすのは大前提で、その中でリッチでユーザーに納得していただけるラインをキチンと守っていけば、ユーザーが楽しんでもらえるものを提供できると思っていました。無数のタイトルがある市場のなかで、スクウェア・エニックスしかつくれない作品、これが弊社ならではの差別化ポイントです。MOBIUS FINAL FANTASYはファイナルファンタジーのナンバリングタイトルをつくってきた開発者が手がけています。ナンバリングタイトルをそのままつくれるだけの経験がある開発技術スタッフが“本気で”つくったタイトルです。
スマホアプリはCPU処理を使い切ってはいけない――2013年時点では、スマホにはリッチなコンテンツを実行できる処理性能があったという認識でしょうか。
浜口 iPhoneがリッチな映像を処理できるという確信はありました。「iPhone 5s」が登場した時期で、まだ「iPhone 6」シリーズは未発売でした。この時点も処理能力は携帯ゲーム機と同等までいっていたと思います。映像としては出せるかと言えば出せる。ただし、ゲーム機はゲームにすべての処理のリソースを割くことができますが、スマホは他のアプリも裏で動くし、電話もかかってきます。どれだけゲームにメモリーを使えるかをまず最初に調べましたね。
2Dやアイコンのパズル・アクションゲームなどは、起動時にさまざまなデータを一気にメモリーに読み込んでゲームが成り立つと思いますが、MOBIUS FINAL FANTASYのようにリリッチなリソースを消費する作品はBG(マップの背景データ)が1面30~40MBというレベルです。快適にプレイするためには、大容量データを裏で処理してその都度読み込まないといけません。そこで、まず市場にあるあらゆるiPhoneシリーズを集めて、1マップのクオリティーと容量をキッチリと決めました。決めておかないと後々動かない機種が多発してしまいます。
――品質の基準となったのはどのiPhoneだったのでしょうか。端末の世代によってユーザー・エクスペリエンスが変わるようなことがあるのでしょうか。
浜口 市場シェア率を考えると、iPhone 5と5sは必須でしたね。4sのシェア率も少なくはなかったので動作するよう設計しました。iPhoneも世代ごとに仕様が異なるので、MOBIUS FINAL FANTASYは端末ごとに細かく個別のセットアップを用意しています。解像度やポストエフェクトの種類などを少しずつ変えているんです。開発時の誤算としては、先述したとおりコンソールはゲームにすべてのリソースを割くことができます。例えばCPU処理が10%余っていたら、ほかの処理にそのぶんを割り振って設計するんですね。コンソール機時代はこういう考え方で開発していたのですが、スマホはつねに持ち歩く情報端末なので、ゲームだけで処理を使い切ってバッテリーの消費が増えるのはまずいんです。「使い切ってはダメなんだ」と学びましたね(笑)。
動きの速いスマホアプリは、ユーザーとの距離が近い――コンソール系開発者がスマホアプリを開発するにあたって、困難なポイントはありましたか。
浜口 GPUは基本的にはPowerVR系で「PlayStation VITA」と同じですので、描画という面ではあまり変わりありません。いちばん違うのは先ほどお話ししたとおり、スマホアプリでは電力消費の点からスペックをを100%使い切ってしまってはダメというところですね。メモリーに関してはiPhone 6sシリーズでは2GBになり、iPhone 5/5s/6シリーズは1GBですが、アプリとして使える領域は512MBぐらいです。意外ですが「PlayStation 3」と同じぐらいなんですね。
――コンソール機のアプリからスマホアプリになってもっとも大きく変わった点を教えて下さい。
浜口 iPhoneなどスマホの世界は、とにかく動きが速いですね。今日イベントがスタートしたら、来週はまた別のイベントがスタートするといった感じです。このようなスピード感をスマホ版のユーザーは求めているんですね。その中で、ユーザーと運営側でコミュニケーションも発生します。コンソール版のファイナルファンタジーは、開発側がイメージしている理想を作り込んでお渡しするケースが多かったのですが、MOBIUS FINAL FANTASYではなるべくユーザーに寄り添って意見を見つつ、取り入れながら「いっしょにいいものにしていく」という流れです。これはコンソールの開発を続けてきた私にとって、もっとも意識しているポイントです。
App Storeは、例えばゲーム内イベント開始日のランキングで売り上げの変化がわかりますし、「こういう施策がヒットするんだ」という動きがリアルタイムで確認できます。こうしたインタラクティブさと速度感がスマホの魅力ですね。公式のツイッターや公式のWiki、SNSもチェックして貴重な意見をくみ上げるようにしています。また、ユーザーとの距離を縮めるという意味では月1~2回の公式生放送もあります。
――ファイナルファンタジーシリーズは非常にファンが多い作品です。今作で採用したFree to Playの課金システムとゲームシステムは、どこでバランスをとっているのでしょうか。
浜口 バランスという点では非常に明確な意思があります。10%の課金ユーザーに依存するビジネスはリスクがあります。エンターテイメントとしてコンテンツを出している側として、それだけバラツキがあること自体もリスクです。ARPU(ユーザーひとり当たりの売上)を無理に上げるのではなく、「課金してもいい」というユーザー層を広げたいというのが、開発チームのポリシーです。これは誰もが思うことで、なかなか実現は難しいとは思いますが、これを実現するには「ユーザーさんにMOBIUS FINAL FANTASYのファンになってもらう」、これに尽きます。真摯にお客さんユーザーと向き合って、一緒にコンテンツを良いものにしていくという姿勢が大切なのです。
また、このポリシーはもちろん課金商品にも適用しています。スマホアプリの課金としてメジャーな方法に「ガチャ」があります。MOBIUS FINAL FANTASYのガチャは“外れがないガチャ”と言っていますが、適材適所はあるものの基本的には外れがありません。例えば星が3つのものでも、ゲーム内で育てることで星5つにすることができます。また、1ヵ月に1回しか買えない「ギフトボックス」はMMORPG的なアプローチで、月額課金感覚でセットガチャなどさまざまなサービスが受けられます。課金した商品の価値を保証することで、ユーザーとの信頼関係を構築したいという観点からこのような方式にしました。
今回、優れた数多くのアプリの中から「iTunes Best of 2015」に選ばれたことは非常に光栄です。スマホゲームというとシンプルなゲームがまだまだ多いという印象もありますが、MOBIUS FINAL FANTASYは「ちゃんとスマホでもリッチなゲームが体験できる」を目指して開発しました。本作がこれまでのスマホアプリという認識を変えるきっかけになればと考えています。よく言われる「スマホだから」というセリフを変えたかったんですね。これを実現するために、より間口が広く分母が圧倒的に多いFree to Playを選びました。より多くのユーザーに「スマホのゲームはここまでできる」というものをお見せしたかったのです。
――「Apple TV」や「tvOS」などの登場とユニバーサルアプリ化により、スマホやタブレットのゲームアプリだけでなく、さまざまなコンテンツが自宅のテレビで楽しめるようになります。ゲームではなく、他のエンターテイメントもコンテンツとしてのライバルとなる中、どのような未来が来ると思いますか。
浜口 難しい質問ですね!ただ、私の4歳の娘も自分でApp Storeにアクセスして自分でアプリをインストールして楽しんでいます。これほど身近にあって、つねに触っているスマホでゲームをプレイして頂くということは、「ユーザーの時間を取っている」んです。ライバルがゲームだけではないのは当然として、テレビや映画も決まった時間に座って鑑賞する時代でもありません。ユーザーが見たいとき、プレイしたいときにすぐに楽しめないとダメなんです。
しかし、ある物語を見て感情移入するという人間の自然な動作は、これからも変わりませんし、ゲームはこういう分野に強いんです。映画や映像作品は自分から動きませんが、ゲームは自分が行動して、それに対するフィードバックがあります。どんなにエンターテイメントのカタチが変わっても、表現するものが変わっても、このインタラクションのカタチは必ず残ると思いますね。それがこの先「ゲーム」と呼ぶモノなのかはわかりませんが、ユーザーに感動を提供できるようなコンテンツを開発を続けていきたいと思っています。
――今後、技術的にチャレンジしたい分野があれば教えて下さい。
浜口 これは個人的な考えなのですが、今の世代の方はみんな周りと「ゆるくつながっていたい」と考えているのではないでしょうか。現在「Ingress」などのオンラインゲームがありますが、あれは今の世代にあった素晴らしいアプリだと思います。周囲の見ず知らずのユーザーとゆるやかにつながることでもっと面白いモノができるのではと考えています。今はゲーム内のユーザーどうしなら協力できますが、これがリアル世界や生活を巻き込んで協力できるといいですね。
1月にはリアルタイムでの4人同時の協力バトルを提供予定
最後に。少し宣伝にはなってしまうのですが、1月ごろになるとは思うのですがMOBIUS FINAL FANTASYでゆるくつながりつつ、複数人で協力してバトルを出来るシステムを配信しようとしています。非常に良いものに仕上がりつつありますので、期待していただきたいなと思います。
――本日はお忙しいところ誠にありがとうございました。
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「MOBIUS FINAL FANTASY」公式サイト
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