先日、仕事の後で、とても素敵な料理屋さんに連れていっていただいた。
オープンキッチンでマスターがつくり、カウンターでいただく料理は、どれも美味しく、器や盛り付けにも美意識が貫かれていた。
ワインが注がれたグラスの照り輝く光の向こうに、借景の緑が見える。お客さんは常連さんが多く、みな、それぞれの時間を楽しんでいらした。
開店間もないというそのレストラン。人気が出るだろう、ミシュランの星もつくだろう、などと考えながら、ふとあることに思い至った。
マスターは、にこにこして料理を出しているだけで、味はどうだったかとか、美味しかったかとか、一切そのようなことを聞かない。そんな気づきがきっかけとなって、私は思わず考えこんでしまった。
一般に、一流のお店ほど、お客さんにあれこれとものを尋ねない。料理の味わいは主観的なものだから、どんなに丹念に準備しても、お客さんが最終的にはそれをどう味わったか不安になりそうなものだが、マスターは聞かない。
なぜか? いちいち感想を聞かなくても、お客さんのふるまいを客観的に見ていれば、喜んでいるかどうかはわかるからであろう。
料理を食べるテンポはどうか? 出した皿を、残したりはしていないか? 表情はどうか? 会話は弾んでいるか? 満足そうに帰ったか?
何よりも、一度来た客が、また戻ってくるか?
どの料理もお客さんが残さず食べ、リピーターが多く、口コミでお客さんがお客さんを呼んでくる。そのような店では、あえて感想を聞かなくても、「美味しい」と感じていることはわかる。「うまく回っている」のである。
逆に、やたらとお客さんに感想を聞く店は、「うまく回っていない」ことが多い。ましてや、さまざまな項目にわたるアンケートをとるような店は、サービスについて、根本的にアプローチが間違っているのかもしれない。
サービスを提供する側が、お客さんのふるまいを十分に注意して観察していれば、たいていのことはわかる。目や耳から入ってくるデータに基づき顧客満足度を把握し、改善に努めれば、わざわざお客さんに質問しなくても、良質のサービスを提供できるのだ。
最近の大学では、授業についてのアンケートをとる。
授業は、シラバス通り行われていたか?
教師は、質問にわかりやすく答えていたか?
興味、関心を持てるようなかたちで授業を進めていたか?
アンケート項目を見ていると、質問をするまでもなく、授業中の学生たちの様子を見ていればわかるのではないかと感じることも多い。
学生たちの顔は、こちらを見ているか? 表情は好奇心で輝いているか? 寝たり、私語をしたり、スマホをいじっている者はいないか? そのようなポイントを観察していれば、学生にとっての授業の質は、把握、維持できるはずなのである。
熟練した教師ならば、学生たちが少々だれてきたら興味を持つような余談を言って笑わせ、再びぎゅっと締めて授業に戻るなど、緩急自在の進行ができるはずだ。授業アンケートで学生たちの感想を聞くまでもなく。
なぜ、一流レストランではアンケートをとらないのか。良質なサービスの本質について考えるヒントがここにある。