理を尽くしてこその「疎而不失」 -三井造船会長 加藤泰彦【2】 | ニコニコニュース

三井造船会長 加藤泰彦氏
プレジデントオンライン

■プロマネの本領「全体最適」で説く

建造する大型船の機能や構造、独自の仕様やコストの算出・維持まで、代表者となって、原油など積み荷の売り主や船主となる海運各社と折衝を重ね、完成して引き渡すまでの責任を負う。一方で、つくる船が同型で数隻に及ぶと、分担する他社との協議もまとめなくてはいけない。そんなプロジェクトマネジャー(プロマネ)を、1993年から初めて務めた。

中東のカタールガスが日本に売る液化天然ガス(LNG)を運ぶ船で、初めに7隻を受注し、さらに3隻増えて計10隻。うち4隻を自社でつくり、他の2社が3隻ずつ受け持つ。一番船は、三井造船がつくった「アルズバーラ号」で、96年12月に引き渡す。

プロジェクトには、LNGを供給するカタール側の代理人も加わった。「メジャー」と呼ばれる国際石油資本の英国人が、雇われてきた。この英国人が出る会議や打ち合わせは、わずか1人であっても、すべて英語。正直言って、造船所の面々には辛い。だが、自分は前号で触れたように20代の終わりに2年間、英国に留学した。その経験が、役に立つ。

英国人は、船主に代わって次々に難題を要求した。代理人は、どれだけ主張し、通したかで報酬が上がる世界。それは難癖だ、と言いたいこともあった。でも、何度も理を尽くし、全体のバランスを説き、ついには頷かせる。他方、海運各社は、それぞれに企業文化や慣習を持ち、すり合わせは簡単でない。それは、他の造船2社にも言えた。ここでも、自社の利よりも全体最適、そう心がけ、合意にこぎつける。このときほどの苦労は、したことがない。

大型船の場合、契約から3年後に引き渡す。その間、プロマネには、多様な圧力がかかり続け、業界では「ノイローゼになる人間も出る」と言われていた。46歳から、51歳で船舶・艦船事業本部の基本設計部長に就くまで、その重責を務める。

引き渡し後、一部の船で船体の塗料が剥がれ、船主から「事前の下塗りか、その前の下地処理が悪かった。だから、補修は造船所がやれ」とクレームがついた。すると、建造現場から「協議は、シンガポールでやることになった。でも、英語でのやりとりは大変だから、いってほしい」と頼まれる。現場の1人を連れて、赴いた。

相手の言い分は、素直に聞く。ただ、微妙な言い回しのなかに、過大な要求が潜んでいれば、聞き逃さない。一緒にいった現場の担当者が、帰国して上司に「加藤さんは顔色も変えず、言うべきことはずばっと言っていた」と報告したと聞いたが、感情的にならず理に適った主張をすれば、世界でも通用する。補修は引き受けたが、妥当な費用負担に収めた。

振り返れば、プロマネには知識も大事だが、最終的には「どれだけ誠実に対話できるかという人間力」だ、と思う。相手に、どこまで信用してもらえるか。「特定の人間を贔屓にせず、全体のバランスをみてベストの解、つまり全体最適を目指す人だ」と受け止めてもらえるか。そうなれれば、痛みを分け合うこともできる。当時は次々に悩み事が出て、大変だったが、それが、きっと糧になった。

会社の収益を長きにわたって支えたLNG船との出会いは、30代前半だ。英国留学で構造設計を学んで帰国すると、上司が注目してくれ、ブラジル向け液化石油ガス(LPG)船の設計の下請け仕事がきた。当時、会社はLNG船の設計ライセンスを買い、先輩が解析を始めていた。自分もその予備軍だったのか、LNG船の勉強に誘われる。そこからLNG船ひと筋とも言える歩みが、始まった。

当時、LNG船は同業2社だけが手がけ、三井造船は実績ゼロ。ところが、大阪商船三井船舶(現・商船三井)から「おたくも、やれるようになりませんか」と誘われた。まだ態勢は確立していなかったが、挑戦が好きな企業文化。2隻の契約を結ぶまでの約2年、準備チームに入り、船上に据え付ける球形状タンクの材料となるアルミ合金の仕様を担当した。

■新種船へ挑戦で「新たな100年」へ

84年2月に引き渡した「泉州丸」、85年4月の「若葉丸」は、LNGの容量12万5000立方メートルの同型船。当然、タンクの設計を担当し、材料となるアルミ合金の仕様を確定、調達先を米国企業に決める。タンクの中にLNGが入れば、上の壁より下の壁により圧力がかかるから、アルミ合金は下のほうを厚くしなくてはいけない。では、どれだけ厚くすればいいか、解析を始めた。

タンクを固定するには、球形の赤道部分で「スカート」と呼ぶ支えをはかせ、船体に接続する。だが、船体は鉄で、アルミ合金とは溶接できない。そこで、接続部に特殊な鋼材を探し出す。ある日本メーカーが独占的に持っている技術で、爆発圧着で鉄とアルミを融合させている。タンクの重さを支えるには、特殊鋼をどう使えばいいか。ここでも、解析が続く。

課題は、まだまだ続く。零下162度で液化した天然ガスが入ったタンクに対し、スカート部は外気に包まれているから、接続部を挟んで温度が急激に変わる。すると、双方に縮みが起き、各所に変位つまりズレをもたらす力がかかる。その力を、接合部で吸収させる必要がある。後輩の担当部分だが、難航していたのでアドバイスを出す。全体最適を考えれば、後輩の課題も共有して当然だ。

「天網恢恢、疎而不失」(天網恢恢、疎にして失わず)――天が張っている網はとても大きく、網目は粗いようにみえるが、何一つ取り残すことはないとの意味で、中国の古典『老子』にある言葉だ。「失わず」を「漏らさず」としても使われ、みる人は必ずみているから、悪行はいずれ報いを受け、善行を重ねていれば必ずいいことがある、と説く。難しい折衝でも厳しい課題でも、常に理に適った選択を示し、良好な結果を生み出す加藤流は、この教えと重なる。

2017年11月、会社は創立100周年になる。「それまでに、新たな100年の礎を築こう」と、全社に呼びかけている。新世紀のキーワードは、「オンリーワン」と「ナンバーワン」。エンジニアリングや機械、海洋開発などの事業部門でもそうだが、まずは造船。一昨年にたすきを渡した田中孝雄社長と、ときどき話しているが、ベクトルは一致している。

LNG船は、超円高に韓国勢の安値攻勢もあって、建造しなくなって久しい。やはり、またつくりたい。いまシェールガスの輸入船の話が出ているし、三井物産がアフリカで手がけているLNGプロジェクトでも出番が期待できる。でも、「オンリーワン」や「ナンバーワン」は、韓国勢や中国勢では手がけられない船種、もっと特異な船で実現を目指す。

9月下旬、ドイツのガス船エンジニアリング会社の買収を発表した。先々のシェールガス船も視野にはあるが、いま活況の小型のエチレン船など、三井造船では手がけてこなかった船種の分野で、独社の設計技術や資材調達のノウハウを活かす。つくるのは、コストが安い韓国勢に発注する。

この市場で、船主に食い込み、新たなアイデアを出していき、ビジネスを確立すれば、日本ではやっている会社はないから「オンリーワン」になる。「新たな100年」の礎の1つにできる。

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三井造船会長 加藤泰彦(かとう・やすひこ)
1947年、北海道生まれ。73年早稲田大学大学院理工学研究科機械工学専攻修了、三井造船入社。99年船舶・艦艇事業本部基本設計部長。2001年三井造船ヨーロッパ社長。04年4月ミツイバブコックエナジーCEO。04年6月三井造船取締役、07年社長。13年より現職。

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