「前面展望列車」は鉄道少年「最高の憧れ」 | ニコニコニュース

展望席から見るパノラマカー同士のすれ違い。前面展望列車は子どもたちの憧れだった
東洋経済オンライン

鉄道の旅は、流れゆく車窓の風景も楽しみの大きな要素。そのために、列車の最後尾に連結する「展望車」が昭和初期から特急「富士」「平和」などに使われてきた。その後、前面展望タイプの列車も多く登場し、それは鉄道少年たちの憧れとなった。前面展望列車の数々の名車と共に、展望車の意外なルーツなどを解説してゆきたい。

■日本初登場は名鉄パノラマカー

昭和36(1961)年、日本で初めて運転台を2階に設置して、1階最前部に展望席を設けた車両「パノラマカー」7000系が名古屋鉄道(名鉄)に登場した。

最前部はほぼ180度のワイドな車窓風景が広がり、展望席に設けられたネオン管によるスピードメーターが100km/hを超すと子供たちは一喜一憂したものだった。

さらには駅構内や踏切を通過するときに独特のミュージックホーンを鳴らし「パノラマカーのお通りだ!」とばかりにアピールしていたのも印象に残る。登場の翌年には鉄道友の会の「ブルーリボン賞」を受賞。その後パノラマカーは進化をとげ、現役の「パノラマスーパー」までに至るが、初代のパノラマカーは平成20(2008)年12月26日に定期運行を終了した。

関東代表は小田急ロマンスカー

名鉄パノラマカーから遅れること2年、昭和38(1963)年には小田急ロマンスカー3100形「NSE(New Super Express)」が登場した。

名鉄パノラマカーの角ばったスタイルとは異なり洗練された丸みを帯びた流線形は、箱根への行楽客に好評で、最前部の展望席の予約は困難を極めた。

このロマンスカーは名鉄のパノラマカーが通勤、通学に用いられるのとは異なり、いわゆる観光用の特急として登場したもので、車内販売なども充実していた。最前部でワイドな風景を見ながら弁当を食べる気分は最高で、当時の東京の子供たちにとって小田急ロマンスカーで箱根に行くことがステイタスであり、自慢のタネであった。

小田急ロマンスカーの展望タイプはLSE(7000形)、HiSE(10000形)、最新形のVSE(50000形)と続き、LSEとVSEは現役続行中。ハイデッキタイプのHiSEは長野県の長野電鉄で今も特急電車として余生を送っている。

■全国に広がった展望列車

展望タイプの列車は全国に広がっている。長野電鉄の事例も含め紹介する――。

●長野電鉄「ゆけむり」

前面展望タイプの列車は全盛期を過ぎた感があるが、その姿は地方鉄道でまだまだ見ることができる。

そのひとつが長野県の長野電鉄で使われている元小田急ロマンスカー10000形HiSEの1000系「ゆけむり」である。編成は11両から4両と短くなったが、色と形は共に小田急時代のロマンスカーの名残をとどめている。

●富士急行「フジサン特急」

JR東日本で使用していた165系電車改造のジョイフルトレイン「パノラマエクスプレスアルプス」を導入し、平成14(2002)年に運転を始めた観光特急である。

形式は2000系で、3両編成の片方が展望車。ラウンジや車内の一部はJR当時のままで、外装は富士山をキャラクター化した絵などがラッピングされている。

2編成が活躍していたが、元小田急ロマンスカー20000形を改造して導入した8000系の登場により、平成26(2014)年に1編成が引退。残る1編成も、2016年の2月7日で長年の活躍に幕を閉じることになった。

元祖「展望パノラマ列車」はイタリア

●JR九州「あそぼーい!」

平成23(2011)年6月から、豊肥本線の熊本-阿蘇-宮地間を走り始めた観光特急「あそぼーい!」は、非電化区間も走れるようにキハ183系1000番台気動車による展望列車。

昭和63(1988)年に「オランダ村特急」として登場してからこれまでに5回の改造を繰り返し、以前走っていたSL列車「SLあそBOY」の名称を踏襲した「あそぼーい!」として運行されている。写真は「ゆふDX」として走っていた時代の姿。

■名車は「7人の美女」

名鉄パノラマカーや小田急ロマンスカーの展望車が誕生する約10年前の1952年に、イタリア国鉄から斬新なスタイルの展望列車がデビューしていた。

その名は「セッテベロ(Settebello)号」。最前部と後部は運転席を二階に持っていき、一階部分は豪華な1等展望室、列車はすべてファーストクラスで、フルコースが楽しめるレストランカ―も設けられ、TEE・ヨーロッパ国際列車として君臨し全世界に話題となった。

この、前に突き出た丸みを帯びたボンネットタイプは、名鉄パノラマカー、小田急ロマンスカーなどのスタイルを決定づけたほか、国鉄のボンネット形ディーゼル特急キハ81形や「こだま形」特急電車のスタイルにも大きく影響を与えている、イタリアが生んだ名車だった。

全7両編成のセッテベロは「七つの美しいモノ」という意味で、私はイタリアの美女になぞらえて「セッテベロ=7人の美女」とメディアに紹介した。今はこれが独り歩きしている。

筆者は過去3回、セッテベロの同乗取材をしており、1979年には5分間「衝撃」の運転体験をして180km/h走行を体験した。展望車は鉄道愛好者、旅行者にとっても懐かしくも印象に残る列車だった。