安倍首相の「携帯料金の負担軽減を」という異例の発言から始まった総務省の有識者会議(携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース)第5回が、12月16日に開催されました。タスクフォースの最後であり、取りまとめ案が発表されています。
10月19日に第1回が開かれてから、わずか2ヵ月での取りまとめです。「料金値下げ」「端末購入補助の適正化(削減)」「MVNOの活性化」という3つの課題について「方向性(案)」としてまとめられました。報告書案を見ながら、筆者が考える問題点と実効性をまとめます。
ライトユーザー・長期利用者に絞った料金削減ひとつ目の課題は「利用者のニーズに合わせた料金体系について」で、具体的にはライトユーザーと長期利用者の負担を下げることが焦点となりました。
とりまとめ1:利用者のニーズに合わせた料金体系
(1)高齢者向けなどで提供されている5000円以下のプランを参考に、年齢や機種を限定しないライトユーザー向けプラン提供を検討すべき
(2)機種変更をしていない長期利用者の負担が軽くなるような料金プランを検討すべき。具体的には端末購入補助がない代わりに低廉なプラン(SIMのみ契約など)、端末を買い換えない長期利用者に対する料金割引の提供など
(3)方策としては「少ないデータ通信容量の創設」「低廉な通話かけ放題プランと少ないデータ通信プランの組み合わせの柔軟化」など
(4)不公平の是正になるか、総務省が事業者に報告を求めて検証すべき
この中で画期的なのは、具体的な金額を入れたことでしょう。各社とも高齢者・子供向けの低価格プランを提供していますが、それと同様の5000円以下のプランを「年齢や機種を限定せずに提供すべき」とまとめています。
この5000円以下という価格については、タスクフォースの主査である明治大学法学部教授・新見育文氏が「あくまで目安であり、義務付けるものではない」としながらも、とりまとめ案に具体的な価格が入ったことは画期的と言えます。
ただし、現在の高齢者向け・子供向けの低価格料金は、データ通信量を1ヵ月500MB・700MBなどに限ったもの。普通に使えば数日で使い切るデータ通信量であり、実用的ではありません。もしこのライトユーザー向けプランが導入されたとしても、実際に使ってみると足りずに、一般的なプランに戻すユーザーが多いのではないかと予想できます。
本来であれば、ライトユーザー・長期利用者だけに限らず、ミドルユーザー=平均的な利用者の料金を下げるべきだと現実的だと筆者は考えています。その方がより利用者の負担を下げることができ、安倍首相の発言に見合うからです。
具体的には基本料金の形になっている音声電話のプランを下げること。たとえば現在のかけ放題プランに加えて、月額千円前後の音声電話従量制プラン(例:ソフトバンクのホワイトプラン)を選べるようにすべきでしょう。残念ながら、今回のタスクフォースではその方向での検討は行なわれませんでした。
ミドルユーザーに福音があるとすれば(3)にある「低廉な通話かけ放題プランと少ないデータ通信プランの組み合わせの柔軟化」です。キャリア各社は2015年の秋から、月額1700円と今までより1000円安い電話かけ放題プランを導入しました(1回あたりの通話分数に制限あり)。ただし組み合わせるデータ通信プランが限定されており、総額の料金は変わらないしくみになっています。
これを是正して、1700円の音声かけ放題プランと、2GB以下の低価格なデータ通信プランを組み合わせられるようにとの提言です。実現されれば、ミドルユーザーも料金が月額1000円下がることになります。もっとも期待したい改革です。
「公平性」のために端末価格が上昇タスクフォースは料金負担を下げることからスタートしたのに、中盤からは「ライトユーザーとヘビーユーザーの不公平感」の解消にテーマが移ってきました。その結果として出てきたのが、スマートフォンの端末購入補助を少なくする、MNPや新規契約での過剰なキャッシュバック削減という話です。
とりまとめ2:端末価格からサービス・料金を中心した競争への転換
(1)実質0円にするような高額な端末購入補助は不公平であり、補助を適正化。購入補助を受けない利用者の通信料金を軽減すべき
(2)具体的にはMNPでの補助を見直すなど
(3)型落ち端末については配慮すべき
(4)カルテルなどを誘発しないようにして総務省がガイドラインの策定を検討すべき
(5)事業者の取り組みを総務省が検証できるようにする
(6)2年縛りの見直し、SIMロック解除の着実な実施
(7)解約時の負担、端末購入を条件として通信サービスの料金割引などについて総務省がルールの整備などをすべき
端末を2年以下で買い換える人は、端末購入サポートなどの名称で、料金から一定金額が割引されています。同じ端末を使い続ける長期利用者は、この割引がないので不公平である、という論理は確かにその通りです。
だとするなら長期利用者の料金を下げればよい話です。しかしタスクフォースでは逆の方向に展開しました。「実質0円」などの過度の端末割引・キャッシュバックを「適正化」つまり少なくしろという報告書です。
不公平であるなら、高い料金を下げればいいのに、安い端末を上げてしまっては、意味がありません。タスクフォースでは「端末補助やキャッシュバックを少なくし、携帯電話会社に原資を作ってもらってそれを料金削減にあててもらう」との意向ですが、果たしてそれが可能でしょうか。このままでは単に携帯電話会社が「キャッシュバックや端末補助を出さなくて良くなるのでラッキー」という話になってしまう可能性があります。
今回のタスクフォース第5回では、型落ち端末についても意見が出されました。野村総研の上級コンサルタント・北俊一氏は「型落ち端末についても端末購入補助などを少なくすべきと思う。ただし新機種とは異なるので段階的に導入を検討したほうがいいだろう」と発言しました。具体的な方法については、まだ決まっておらず、方向性だけが提言されたカタチ。総務省の具体的な方針が待たれます。
MVNOの競争が活発化へ3つ目の課題であったMVNO活性化については、2つのポイントが具体化されました。「加入者管理機能の開放」「MNOとのオンライン連携」です。
課題3:MVNOの低廉化・多様化を通じた競争促進
(1)接続料の省令・ガイドラインの整備を着実に進める
(2)MNOでの加入者管理機能を、MVNOが「開放を促進すべき機能」と位置づける
(3)MVNOとMNOの顧客システムのオンライン連携の実現
(4)MVNO自身が大手携帯電話事業者との差別化を図る
(5)行き過ぎた端末購入補助の適正化と、中古の端末市場の発展が望まれる
「顧客システムのオンライン連携」は、開通時の申し込み手続きがスムーズになるため、時間とコストを下げることができます「加入者管理機能の開放」では、SIMカードそのものをMVNOが作れるようになったり、複数のキャリアを組み合わせた商品開発ができるなどのメリットがあります。新しいサービスを提供できるようになるので、MVNOがより魅力的になるでしょう。
MVNOはこの1年半で大きく伸びており、今回の報告書の提言でさらにプラス面が増えることになります。MVNOの利用者が増えれば、大手携帯電話会社は競争で料金を下げざるを得ないので、筆者はこの方策が「スマホ料金負担削減」にもっとも効果があると期待しています。
ドコモ、au、ソフトバンクはどう具体化するのか?今回のタスクフォースに対しては、そもそも「政府が民間企業の競争に口をだすべきではない」という指摘がありました。その指摘を受け止めたのかどうかはわかりませんが、結果として具体性の低い「○○すべき」「○○が望ましい」という、あいまいな提言が多くなっています。
これについて野村総研の上級コンサルタント・北俊一氏は「方向性を決めただけで、その方向性が実効性を持つかどうかは今後にかかっている。これから詰めることが山のようにある」と発言し、総務省が具体的に詰めていくべきだと述べています。
そして最終的に料金・端末補助を変えていくのは、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手携帯電話会社になります。全国地域婦人団体連絡協議会事務局長・長田三紀氏は「キャリアは儲かっているという声がある。携帯電話各社は透明性があって納得感のある料金体系を作っていただきたい」と述べました。
では、実際に大手携帯電話会社は、どう対応していくのでしょうか。一部報道によれば、NTTドコモは過度なキャッシュバックを廃止する方向とのこと。ドコモが実施するとすれば、KDDIやソフトバンクも同様の対応になると思われます。
ただし、それだけでは、単なる「端末実質価格の値上げ」に終わってしまいます。料金値下げになる料金プラン改革がなければ意味がありません。
筆者の予想になりますが、各社は1ヵ月に1GB以下のライトユーザー向けプランを作り、5000円前後にしてくると思われます。スマートフォンの月額最低価格は確かに下がるでしょうが、このライトユーザー向けプランは、実際には「スマートフォンをガラケーのよう使う人」だけに限定したプランになりそうです。
1ヵ月に2GB~3GBのデータ通信量を中心にしたミドルユーザー向けのプラン改革を望みたいのですが、今回のタスクフォースでは議題に上がらず残念です。せめて電話かけ放題のライトプラン(1700円)と、2GB以下のデータ通信量プランを組み合わせできるように改革を望みたいものです。
【ITジャーナリスト・三上洋】セキュリティ・ネット事件・携帯料金が専門。テレビ・ラジオでの専門コメント多数。ITジャーナリストと称しているが、実際は“IT野次馬”であり、ツイッターやツイキャスを用い、事件現場から速報するのが趣味。