日本は高い技術力で、海外貢献を成し遂げてきた。しかし近年、中国は日本ではあり得ない手法で割り込み、プロジェクトを受注している。経済ジャーナリストの町田徹氏が解説する。
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「もう技術的な優位性はないのに、途上国の人々が納めた税金を担保にとって、バカ高い社会インフラを売りつけるのが日本式です。それよりファイナンスでの面倒見もよく、コストパフォーマンスに優れた中国製がいいですよ」
こんな調子で日本に対するネガティブキャンペーンを展開しているのが、習近平国家主席が陣頭指揮をとる中国のインフラ輸出だ。その脅威の一端を紹介しよう。
「極めて遺憾である」
菅義偉官房長官は9月29日の記者会見で、怒りをあらわにした。直前に、インドネシアのソフヤン国家開発企画庁長官が来訪、鉄道建設プロジェクトで日本に入札の機会すら与えず、中国製の導入を決めたと通告したのが原因だ。
菅長官が怒るのも無理はない。問題の鉄道は首都ジャカルタと中堅都市バンドンの間の約140kmを結ぶものだ。当初は新幹線のような高速を目指したが、日中両案とも建設費が予算を上回ったため、計画を時速約200kmの中速にグレードダウンして改めて国際入札をすることになっていた。ところが、1か月も経たずに方針を転換して中国に軍配をあげてしまったのである。
インドネシアは、日本が最大の対外援助を供与してきた国だ。親日国でもある。今回のプロジェクトは官民を挙げて日本が提案したものだった。
日本は受注に向けて手を尽くした。2015年春、ジョコ大統領が来日した際には国賓として手厚くもてなし、天皇、皇后両陛下が皇居で大統領夫妻に昼食をふるまった。さらに、安倍首相が1400億円の円借款の供与を表明。大統領に新幹線試乗を楽しんで貰うことも忘れなかった。
◆日本は巻き返せる
では、なぜ、中国に出し抜かれたのか。答えは、習主席が先頭に立って、リスクに目を瞑り、豊富な外貨を投入する中国の「戦略」にある。日本のODAは血税が原資で、回収に万全を期すため相手国政府の保証が条件になる。だが、インドネシアは財政赤字を抱え、保証を含む政府債務を増やしたくない。そこで習主席は、資金回収が危うくなるのを承知で、豊富な外貨を民間企業に貸す決断をした。これが決め手になったのだ。
「安さ」も中国の強みだ。その一例は、製鉄所で鉄鋼会社が使う「コークス乾式消火設備」である。石炭を蒸し焼きにして作ったコークスを搬送できる温度に下げる設備だが、その過程で回収した熱を発電に再利用するための省エネ設備でもある。中国は1980年代から日本製を積極的に輸入した後、2000年代に入ると国内用にコピーした設備を量産。最近は、コピーを輸出に回しているというのだ。
技術力を侮れない分野も出てきた。鉄道や鉄鋼と同様、模倣からスタートした通信機器だ。1987年設立の華為技術(ファーウェイ)は17万人の従業員を抱える大企業に成長、携帯電話の基地局で日本市場をも席巻している。原発先進国・英国に原子炉を輸出する快挙も実現。習主席は10月の訪英時、商談の成功に「中英関係は黄金時代を迎えた」と大はしゃぎだった。
だが驕る平家は久しからず。原発や鉄道輸出を支える豊富な外貨が中国から逃避し始める日はそれほど遠くないだろう。引き金は、深刻化する中国バブルの崩壊と、2015年内実施とみられる米国の利上げ。その混乱を突けば、日本がインフラ輸出で巻き返す余地はいくらでもあるはずだ。
【プロフィール】町田徹(まちだてつ):1960年大阪府生まれ。新聞記者、雑誌編集者を経て独立。著書に『電力と震災 東北「復興」電力物語』(日経BP社)など。
※SAPIO2016年1月号