世界を驚かせたクローン羊の誕生から約20年、昨今の生命科学の発展はめざましく、その技術を活用するための倫理的な議論が追いついていない状況だ。
特に人間の発生に関わる分野での技術革新が社会に与える影響は大きいが、そんな研究がもたらす未来について、17日に発行された科学雑誌「Journal of Law and the Biosciences」では、新しい親子関係の誕生を示唆している。
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■男女関係なく精子も卵子も作れるようになる未来
有性生殖を行う生物においては、新しい個体を作るためには「配偶子」と呼ばれる対になった生殖細胞が必要であり、人間においては男性が精子を形成、女性が卵子を形成するという制限があった。しかし「体外配偶子形成(IVG)」によって体細胞から配偶子を作ることができれば、いよいよ生殖を自由自在に操ることが可能となる。
このIVG、まだマウスで成功しただけで、人間では実現していないが、その前段階までは到達している。今年7月には京都大学の研究チームが、iPS細胞から配偶子の元となる「始原生殖細胞」の作成に成功した。この細胞が「減数分裂」という特別な分裂を起こすことで配偶子が得られるのだが、それを体外で発生させるのが目下の課題だ。
では、実際に配偶子を体外で作成できるようになったらどうなるのか。これはつまり、男性の体細胞からでも卵子を、女性の体細胞からでも精子を作ることができるので、性別に縛られないカップリングで子どもを望むことができるということだ。いや、カップリングすらも必要でなくなる。一人の人間から精子と卵子を作れば、名実ともにひとり親の子どもが生まれるのだ。
■“親子”の概念が変わる?
逆に、親の人数を増やすこともできる。例えば、二人の人間からそれぞれ得られた配偶子を利用して受精卵を作成した後に、その受精卵からさらに配偶子を作ることができる。そのように作られた配偶子同士で受精卵を作れば、4人の親を持つ子どもが生まれるというわけだ。さらにこれを繰り返せば、そこには2の累乗数の親が誕生する。ある意味世代をスキップする方法だが、ここまで来るともう「誰の子」ではなく、「一族の子」とでも言うような様相だ。
ジョージ・ワシントン大学のソニア・スーター教授は、IVGによって大人数が一人の子どもの親になれることに触れ、グループによる「多親制子育て」とでも言うべき状況を促進すると予測している。また、このような親子の形態がもたらす影響について、教授は次のように語る。
「多くの人が一人の子どもの成長に対して責任を負うようになってくれるのであれば、それが良い結果につながることもあるでしょう。逆に、混乱や衝突を招く可能性もあります。ただ、全員が今の親子関係のような濃密な関係を持つことは不可能です。親になる人数が増えるに連れ、親子間の社会的なつながりが希薄になることは避けられません。多親制は今で言う親子を作るのではなく、部族のような大家族を誕生させるでしょう」
子どもを持つことが現在の、「二人の両性によるもの」という固定概念が無くなった世界では、家族の概念もなくなり、より大きな社会的枠組みの中で子育てが行われるということなのだろう。
ただ、スーター教授は、不妊に悩むカップルや同性カップルが子どもを持つ手段としてのIVGに高い期待を寄せる一方で、個人のエゴによる出産や出産前の選別に対して危機感を持っている。人類には、20世紀初頭に盛り上がった優生学がナチスの人種政策につながった苦い経験がある。受精卵を遺伝子操作して作る「デザイナーベビー」のような存在を誕生させる技術には、どうしてもその類の懸念が生じるのだ。
もちろん、肝心の技術がまだ完成していないのと、倫理面の問題からすぐにこのような未来が訪れるわけではない。しかし、科学の進歩によって、今当たり前であると思っている社会的な制度はあっけなく崩れ去ってしまう可能性があることは確かだ。性別も人数も関係なく、子どもを持つことが可能になるという未来に我々はどう向き合うのか、今のうちから考え始めても早過ぎることはないだろう。
(文=編集部)
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