自殺した野球部員への叱責は「人権侵害」 岡山弁護士会が高校などに再発防止の要望書 | ニコニコニュース

自殺した野球部員への叱責は「人権侵害」 岡山弁護士会が高校などに再発防止の要望書
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岡山県の県立高校の男子生徒(当時16歳)が3年前に自殺した事件で、岡山弁護士会は12月25日、生徒が所属する野球部の監督だった教員の指導について、「生徒に対する教育的配慮を欠く行きすぎた叱責が人権侵害にあたる」として、再発防止のための措置を求める要望書を、高校と県教育委員会に提出した。

2012年7月に自殺したのは、県立岡山操山高校の野球部に所属していた2年生の男子生徒。今回の岡山弁護士会の要望書は、男子生徒の両親による「人権救済」の申し立てを受け、同会が調査した結果に基づくもの。両親は同日、岡山市内で記者会見を開き、「私たちの思いを受け止めていただき、感謝している」と喜びを口にした。(文・写真/秋山千佳)

●「息子が亡くなってからの3年半で一番いい出来事」

要望書は、監督が野球部員に対して、日常的に「殺すぞ」などと暴力的な発言をしたり、パイプ椅子を振りかざしたりしたほか、自殺した生徒に叱責を繰り返していたと指摘。「自己肯定感を低下させ、いたずらに自責の念を募らせるものであって、教育的配慮を欠いていた」「人格権、ひいては学習権を侵害する違法なもの」としている。一方で、生徒の遺書がなかったことなどから、自殺と監督の指導との因果関係は「不明」と結論づけている。

両親は会見後、筆者の単独取材に応じた。

「これまでは私たちと学校・県教委という二者間の話し合いでしかなく、なかなか進展しなかった。第三者である弁護士会が公平な目で見て、息子が人権侵害に遭っていたと認めてくれて本当に嬉しい」。目を赤くした母がそう言うと、父も「息子が亡くなってからの3年半で一番いい出来事です」と続けた。

人権救済とは、人権を侵された人の申し立てを受けて、弁護士会の人権擁護委員会が調査、措置にあたる手続きのことだ。要望などの措置に法的拘束力はないが、司法の一角である弁護士会の法的な判断として影響力を持つ。

また、人権救済を申し立てる側にとっては、すぐに裁判を行うのはハードルが高いが、正義に照らして救済の必要性の高い事件について、法的判断を求めることができるのも利点だ。代理人の作花知志弁護士によると、今回はまさにそのような事例だったという。

要望書が自殺と指導との因果関係を不明としたこともあって、会見では「望んだような回答ではないのでは」と両親の喜びをいぶかしむような質問も出た。それでも両親が喜んだ背景には、もう一方の当事者である学校や県教委に対してなすすべがなく、ずっと抱えてきた「孤立感」があった。

●野球部の監督から激しい「叱責」を受けていた

亡くなった男子生徒は、中学の野球仲間と一緒に野球がしたいという理由で、岡山操山高校に入学した。県内でも有数の進学校で、両親は「野球部に入ってもしごきのようなことはないだろう」と安心していた。しかし、男子生徒は2012年7月25日の部活後に自殺。けんか一つしたことない家族に思い当たることはなかった。

文部科学省はこの事件の前年、児童や生徒の自殺が起きた際には学校や教育委員会が主体的に調査し、速やかに教員や在校生の聞きとりを行うよう通知している。しかし、男子生徒の死から1カ月後、両親が同校に確認すると、聞きとり調査は行われていなかった。

やむなく両親が自分たちで同級生や保護者らに聞きとりをするなかで、男子生徒が監督からたびたび激しく叱責されていたことが判明した。

特に両親がショックを受けたのは、2012年5月に鳥取県であった練習試合でのエピソードだ。同級生の部員によると、試合前、男子生徒は監督からわざと取れそうもないノックをされた末、「お前なんか制服に着替えて帰れ」と言われたのだという。男子生徒は2試合が終わるまでベンチの外で一人過ごしたという。このことは要望書でも「強い自責の念を与えたものと考えられる」と判断されている。

母はこの日帰宅した男子生徒が「行っても意味がなかった」と暗い表情でつぶやき、「もういいんじゃ」と話を打ち切ったことを覚えていた。そのときはそっとしておいたが、「そんなひどいことをされていたなんて、友達に聞くまで考えもしなかった」と悔やむ。

男子生徒は同年6月に「もう耐えられない」と一度退部したが、「マネジャーなら叱られる理由がない」とマネジャーとして復帰した。亡くなる3日前のことだ。だが要望書によると、復帰直後から再びなじられ続け、亡くなった当日も、練習後に一人だけ呼ばれて叱られている姿が目撃されている。下校時に「俺はもうマネジャーじゃない。存在するだけだ」と同級生に言い残して立ち去り、帰らぬ人となった。

県教委は、男子生徒の死の約3カ月後、「行き過ぎと思われても仕方のない指導や発言があった」とする回答書を両親に送付した。「影響がなかったとは言い切れない」という表現もあったが、あえて「自殺」という言葉を抜いたのか、何に対する影響なのかは明記されていなかった。また、「自殺との因果関係はわからない」と伝えてきた。

一方、生徒を叱責した野球部の監督は責任を問われることなく秋まで指揮をとり、その後も顧問として部に残った。男子生徒が自殺する直前の叱責については「覚えていない」と話しているとされる。また、両親が他の部員から聞いた話では、男子生徒の死後も、部員の誰かが吐くまでベースランニングを続けさせ、吐いても止めないなどの行動があり、指導姿勢を是正する様子が感じられなかった。そして、いまは別の野球部で指導しているという。

●県による「第三者調査委員会」の設置を求めていく

男子生徒の父は「学校や教育委員会はそもそも調査機関ではないし、先生のパワハラとなると、表沙汰にして責任を問われたくないので、初期調査できちんと調べるかという点は非常に疑問がある」と指摘する。男子生徒の死後に開かれた保護者会で、両親は「部外者」だとして県教委に出席を拒まれるなど、隠蔽体質を感じる場面も多々あったという。

さらに遺族として独自に調査しようとしても、在学中の同級生やその保護者らは学校との関係もあるため、協力をあおぐのが難しかった。「学校に人質に取られているようなものだから」と言われたこともあった。

そんな中で知った選択肢が、弁護士会への「人権救済」の申し立てだった。母は「人権侵害だと認めてもらうことで、そのような教師を指導者として野放しにしたまま被害が拡大することを阻止したいと願っていた。これでやっと一歩踏み出せたという気持ち」と語る。

両親は今後、事件の当事者である学校や県教委ではなく、県による「第三者調査委員会」の設置の必要性を訴えていくつもりだ。息子の死の原因を知りたいから、そして、もしも今後このような事件が起こったときに、自分たちと同じように孤立する遺族を出したくないからだ。

二人はこれまで、調査に差し障りがないようにと公の場で語るのを控えてきたが、この日は覚悟を決めて記者会見に臨んだ。

父は言う。「私たちと同じように、学校や教育委員会を相手に孤立している人たちは他にもいると思う。『苦しんでいるのは、あなたたちだけじゃないよ』と伝えたい。それが会見を開いた一番の理由で、人権救済が背中を押してくれたから声を上げられた」

代理人の作花弁護士は「今回の要望書で、自殺と指導との因果関係を不明としつつも、監督の一連の言動や態度が自殺に一定の影響を与えた疑いが存在すると判断してくれたのは大きい。今後裁判をするための第一歩にもなる。これで県教委や学校は、よりいっそう自殺の原因を究明する義務が生じたと思う」と評価した。

一方、県教委の平田善久・生徒指導推進室長は「要望書の内容を精査し、真摯に受け止めて対応させていただく」と話している。

(弁護士ドットコムニュース)