1990年代後半、「ボキャブラ天国」や「電波少年」などの人気テレビ番組に出演し、一世を風靡した松本ハウス。全身を使ったギャグを繰り出すハウス加賀谷さんと、相方の暴走を冷静に受け止めて的確にツッコむ松本キックさんによる2人組のお笑いコンビです。
しかし、彼らは人気絶頂だった1999年に突然活動を休止します。理由は、加賀谷さんが抱えていた統合失調症の症状がひどくなったことでした。
加賀谷さんはそのまま入院などを含む病気療養に入り、松本さんはピン芸人として活動し始めます。そして、活動休止から10年経った2009年、加賀谷さんの症状が寛解したことにより、「JINRUI」というコンビ名で活動を再開。2011年7月にはコンビ名を「松本ハウス」に戻し、お笑い活動とともに、統合失調症に対する理解を呼び掛ける講演活動を率先して行っています。
2013年に出版された『統合失調症がやってきた』(イースト・プレス/刊)は、加賀谷さんの独白を中心に、2人の生い立ちやコンビ結成のいきさつ、多忙な日々の中で悪化していく加賀谷さんの体調、別れたあとの生活、コンビ再結成までがつづられた一冊で、統合失調症がどのような病気なのかが分かりやすく書かれています。
■当事者からも絶賛の声が多い『統合失調症がやってきた』
――本書が2年前に出版された際の反響について覚えていますか?
松本:そうですね、あまり記憶にはないのですが……いえ、そんなことはないですよ(笑)
加賀谷:僕は統合失調症なのであまり覚えていないんですけど……嘘です! ちゃんと覚えていますよ!
――お二人の元にはどんな反響が寄せられていますか?
松本:それまで統合失調症という病気を公表する著名人がほとんどいなかったということもあり、同じ病気で苦しんでいる当事者の方や、ご家族の方々から共感の声をいただきましたね。
――インターネット上の読者の方々のレビューを読むと、当事者の方々の共感の声が多く見受けられました。
松本:当事者の方々からすると、加賀谷が統合失調症を公表しながらも芸人として活動していることは、希望になるんです。そういう声をたくさんいただいていますね。
加賀谷:統合失調症であることを公表する前も、精神疾患であることはカミングアウトしていたのですが、ちゃんとした病名を公表したことで、「加賀谷は統合失調症だったのか!」という感想をいただくことが多くなりました。
松本:NHKの『バリバラ』という番組でも統合失調症の特集を組んでもらったりしているのですが、書籍という形で一般の書店に本が並んで、この病気のことを知ってくれる人が増えたように思います。昔から松本ハウスを知っていた人たちからも「こうなっていたんだ」という声がきて。
――私はちょうど中学生の頃に松本ハウスさんが絶頂を迎えていて、よくテレビで拝見していたので、本書を一読していてまずそれが衝撃的でした。
加賀谷:絶頂って、いやらしい意味ではないですよね?
――人気絶頂ということです(笑)
松本:まだ陽が高い時間だからね。
加賀谷:もう少し陽が暮れてからですね!
■病気をお笑いにする…その覚悟と想いとは
――統合失調症は、どんな病気なのでしょうか。
松本:精神疾患の一つですね。世間的な印象としては両極端に分かれてしまう病気で、一方は「犯罪」や「怖い」というイメージ、もう一方は映画やドラマを通して「ピュア」や「きれい」というイメージを持っている方が多いようです。
――具体的には、どのような症状があるのですか。
松本:大きな症状は2つです。陽性症状と、落ち着いた後の陰性症状です。
加賀谷:陽性症状でいえば、自分の場合は聞こえないはずのものが聞こえるという「幻聴」。見えないはずのものが見える「幻覚」。「幻視」ともいいますね。あとは過度な妄想。自分は誰かに命を狙われているんじゃないかと思ったりしました。
――加賀谷さんが統合失調症を発症したのは中学生の頃だったそうですね。
加賀谷:そうですね。教室の中から「くさい」という声が聞こえてきました。誰もそんなこと言っていないけれど、僕にとっては現実なんです。病気という認識は全くありません。
松本:自分がおかしいというより、周囲がおかしいという感じなんですよね。
――この本を読んで、その人気絶頂の頃に加賀谷さんが最も症状がひどい時期だったということを知って驚きました。松本さんは当時、加賀谷さんをどのように見ていらっしゃったのですか。
松本:実は最初は気付きませんでした。当時、忙しくさせてもらっていたので、普通に疲れているだけだと思っていたんですよ。
――松本さんが「これはちょっとまずい」と思ったのはいつくらいからですか?
松本:加賀谷の場合は、遅刻が増えだしてからですね。どんどん遅刻の時間が長くなっていって。そのときはすでに入院する時期に近い感じで。
加賀谷 だから今は遅刻をするのが嫌なので、早くに現場に来るようにしています。普通に1時間前とかには。
――今、松本さんが本番直前になると加賀谷さんは起きて仕事をこなしていたとおっしゃっていましたが、舞台の上ではハウス加賀谷という芸人であり続けた。
加賀谷:17歳でお笑い芸人になってから、お笑い芸人のハウス加賀谷であるからこそ、僕は加賀谷潤であるという意識が自分の中ですごく強かったんですね。とにかくお笑い芸人ということが大事で、その仕事をしている。社会との接点がそこしかなかったから、どんなにきつくても本番が始まればスイッチが入るという状態でした。でも、そこに固執し過ぎて、入院のタイミングが遅くなってしまったと素人考えに思っています。
――松本ハウスが復活した後、自らすすんで統合失調症をお笑いのネタにしています。これで批判を浴びることはあると思いますし、笑いに変えるということはとても勇気のいることではないかと思います。
加賀谷:賛否両論あがるのは仕方のないことだと思います。
松本:統合失調症であることを普通のこと、身近なこととして捉えてほしいという気持ちがあるんです。触れてはいけない、かわいそうだから笑ってはいけない、そういう風に蓋をしようとすると、当事者の方々が持っている個性の全てに蓋をされてしまう形になるんですね。そうして、社会との接点が断たれてしまう。
加賀谷:僕は芸人になったとき、すでに精神疾患を抱えていたけれど、それは疾患を抱えているとは(自分では)思っていませんでした。それが自分なんだというか。統合失調症の僕というのは、そのまま僕自身なんですよね。
松本:統合失調症は加賀谷が持つ一つの特性なんですよね。性同一障害を持っている男性がオネエキャラをやっているとして、それがバッシングにつながるかといったら、今はそうではなくなってきています。加賀谷はそういうことを言いたいんだと思いますよ。
加賀谷:そうです! それが言いたかったんですよ。
松本:だいぶ遠回りしたなあ。
加賀谷:要するに…。
松本:「キャラ」ですよね。
加賀谷:そうです! そういう風に言いたかったんです。上手いこと言いますね、キックさん!
全員:(笑)
――この本で一番私が印象に残っているのが、入院直前に加賀谷さんの体調が一番悪かったときに、松本さんがFAXを送ったシーンです。本当にコンビ愛というか、松本さんの中で何か感じるものがあったのだと思うのですが、そのときはどのような心境だったのですか?
松本:直感的なものでした。その日、加賀谷は5時間くらいの大遅刻をしたのですが、現場に来た時点でぼろぼろ泣いているんです。その日はロケで子どもを相手にするというもので、仕事をうまくおさめて「一緒に帰ろうか」って電車で帰ったのですが、電車の中で加賀谷は帽子を深々と被りながらまた泣いているんです。多分、なんで泣いているのか本人も分かっていなかったと思います。
加賀谷:すごく恥ずかしい話なんですけど、一番忙しいときに何度か自殺未遂をしたことがあります。でも、そのFAX以降はしなくなりました。もしあのFAXがなければ、今頃僕は……ミカエルになっていたかなあ。ルシファーかな。どっちかな。
松本:お分かりの通り、ミカエルの前に一瞬(ボケようか)迷った空白がありましたよね。
全員:(笑)
(後編は30日配信予定)
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■松本ハウスさんプロフィール