日本マクドナルドホールディングス(HD)の株式を売却する方針で、米国マクドナルド本社が動き始めた。米本社は日本マクドナルドHDの株式の約半分を保有しているが、最大で33%分を売却する方針で、すでに幹部が来日して商社や投資ファンドなど計5社程度に譲渡を打診したという。
「いよいよ始まったか」と、私には大きな驚きはない。というのは4月7日付本連載記事『危機マック、打開策はFCによるマック“逆”買収である 新経営陣では復活は厳しい』において、現経営陣では苦境は打開できないとの見地から、資本譲渡によるてこ入れを提言していたからだ。
「新経営陣でも復活は厳しい」と見立てたわけだが、果たして12月8日に発表された11月の既存店実績は、売上高で前年同月比2.5%減と3カ月連続での減少となり、客数では同2.3%減、客単価は同0.2%減という「三重苦」となった。全店売上高も同3.8%減となり、こちらも3カ月連続での前年実績割れとなった。こんな状況を見て米国本社もいよいよ見放したという展開だ。
●会社は経営者の器以上に大きくならない
低迷期に入り苦闘している日本マクドナルドHDのチェーンを再生させるには、日本市場に土地勘のないサラ・カサノバ社長ではやはり荷が重すぎた。カサノバ氏は、1月に起きた異物混入問題の折も海外出張を理由に記者会見に出席しないなど、経営課題に対しての優先的な取り組みの意識に問題があるのではないだろうか。上場会社の女性社長中、ただひとり1億円以上の報酬年額を享受しているということのほうが脚光を浴びたのは皮肉なことだ。
カサノバ社長を支えるべく、3月の株主総会でロバート・ラーソン氏と下平篤雄副社長(営業担当)が取締役に着任した。ラーソン氏は米国本社から送り込まれた。16歳から米マクドナルドの店舗に勤務していたという。下平氏も店舗からのたたき上げで、本部、有力フランチャイズチェーン(FC)の役員を歴任してきた。両氏ともマクドナルドの現場やオペレーションを知悉している。
しかし、私はこの人事に対して前出記事で次のように指摘したが、果たしてその懸念は的中してしまったようだ。
「さてカサノバ社長はマーケティング畑、ラーソン会長と下平副社長は現場オペレーション畑という布陣だが、『現場に近すぎはしないか』という懸念も残る。(略)別の言い方をすれば、『今のやり方で袋小路に入ってしまっているのに、過去のスペシャリストばかり集まってしまった』と評することもできる」
カサノバ社長自身が大胆で抜本的な舵取りをしないことの補完的な役割として、下平氏やラーソン氏を招きいれたとしたら、戦略的には悪手な人事だった。なぜなら、同じ成功体験で育ってきたエグゼクティブは、同じ手法しか繰り出さないからだ。海に投げ出されたときに泳げない者同士がしがみついているようなものとなる。
オペレーションの改善に力を発揮すると期待された下平副社長は、直前には有力FC法人の幹部として腕を振るっていた。しかし、企業がターンアラウンド(方針転換)を目指す場合、既存のネットワークやステークホルダーと強い関係があることは、逆の効果となってしまう。人間関係がまったくない、外部からのプロ経営者の招聘や、本部からの派遣経営者のほうが大鉈を振るえるものだ。
特に日本マクドナルドHDは原田泳幸前社長時代に店舗のFC化を進めてきた。私も昔とあるFCチェーンで本部側の幹部を務めたことがあるが、ザー(本部)とジー(FC)の利益は相反するのが現実だ。ザーにとって顧客であるジーに近い幹部職は、よいコミュニケーションを取れば取るほど、本部として戦略的な抜本策を取りにくくなることがある。
●米国本社の新CEOは明快な戦略を描いた
米国本社では、近年の業績悪化を受けて3月にスティーブ・イースターブルック氏がCEO(最高経営責任者)に就任した。米国企業のCEOというのは、株式市場から絶えざる圧力を受けるので業績改善への意欲が強い。同氏も着任すると、ただちに「戦略上の優先事項を白紙にする、差し迫った必要性がある」と危機感を示した。
具体的には、世界で展開している市場を、地域ではなく市場としての成長特性で次の4つに分類し直した。
・米国(最大の市場)
・業績を牽引する市場(フランス、オーストラリア、イギリスなど)
・高成長が期待できる市場(中国、ロシア、韓国など)
・基礎的市場(日本、中東、中南米、インドなど)
日本が属する「基礎的市場」とは「その他の市場」ということで、戦略的優先順位が低い。
イースターブルック氏の経営手腕は、市場から評価されている。何より、米国での第3四半期(7-9月期)の売り上げが、四半期ベースでは1年ぶりに上向いた。世界ベースでも同期間で対前年比4.0%の伸張を果たした。日本マクドナルドHDの株放出のニュースを受けたこともあり、米本社の株価は118.80ドル(12月23日終値)と年初来高値で今年を終えそうだ。
企業がターンアラウンド・フェーズにある時は、イースターブルック氏のように新経営者のほうがふさわしい。そして、何より危機感を持っていなければならない。その危機感によってこそ、思いついた大胆な戦略に断固として着手することができる。そして大胆な戦略とは、メリハリを利かせた選択ということにほかならない。
日本マクドナルドHDの株式譲渡は1000億円規模のディールだといわれている。イースターブルック氏はこのキャッシュを前述4種市場のうち「高成長が期待できる市場」に投入しようとしていることは間違いない。市場の期待もそこにある。
●日本マクドナルドHDの帰趨は
前出記事で私は、「苦境に陥っているFC店法人が、投資ファンドと組んで日本マクドナルド社の買収にかかれ」とひとつの選択肢を示した。今回来日した本社側デレゲーション(役員陣)が接触を持ったのは、まさに投資ファンドや商社だという。
加えて同記事では、日本マクドナルドHD株式53%(本社所有分)なら2000億円も提示すれば買収できるのでは、とも踏み込んでもいるが、今回は30%程を1000億円程度で売却ということだ。野望に燃える米本社の新CEOへ着任時に日本側から提案していれば飛びついていたのではないか。そして同記事の結びはこうだ。
「『起こってしまうと、必然だったように見える』というのは、多くの経営現場で筆者が経験してきたことでもある」
どこが優先交渉権を得て、日本マクドナルドHDの株主構成がどう変わるのか、つまり経営権がどこに落ち着くのか大変興味が持たれる。いずれにせよ、日本のオペレーションは現経営陣では袋小路に入ってしまったような状態である。外部の辣腕経営者の登場を待ちたい。外食産業からの人材でないほうがいい気がする。ちなみに故藤田田氏(創業者)も原田氏も、他業界出身の経営者だった。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)