ニック・ブイヂさん(33)は1982年、アザラシ肢症という稀な先天性疾患を持ってオーストラリアに生まれました。彼の手足はごく短くしかありません。しかし彼は明るい笑顔を絶やさず、周囲を温かく包んでしまいます。
YouTubeには、彼がサッカーや水泳、釣りや高飛び込みに果敢に取り組む様子が映し出されていました。水しぶきを上げてプールの滑り台を滑り降りながら、「冷たいけど、手がないからどうしようもない!」と叫んでいます。(文:夢野響子)
「全てをあきらめよう」と思った矢先、少女の言葉が彼はいま、世界中を回って自分の体験を話しています。ティーンエイジャーの問題には特に熱心で、各地の高校を講演します。彼は周囲から「どうしていつも笑っていられるの?」と聞かれるそうですが、「ほんとはいつも笑っていられたわけじゃない」と明かします。
幼少期には、手足がないことでいじめられたこともありました。いつも元気に振る舞っていた彼も、ある日学校で数人の子供にからかわれ、いったい一日に何人が自分のことをからかうのだろうと数え始めたそうです。
5人、6人。それから午後になって、また別の5人。気持ちがすっかり沈み込んで、あと一人自分の悪口を言ったら全てをあきらめようと思った矢先、少女に「ニック!」と声をかけられます。「ああ、これでもうおしまいだ」と思ったとき、彼女が言ったのは思いもよらない言葉でした。
五体満足でも「やることが見つからない」と訴える高校生たち「今日のあなた、すてきだわ!」
これで救われた彼は、「誰かに悪口を言われたら、すぐ他の誰かを励ましてやってくれ」というメッセージを伝えます。人間は、他人から何度もダメだと言われると、自分でもそう信じ始めるようになるからです。
「こんな体では結婚もできないだろうし、仕事にも就けないだろう。いったい何のための人生なんだ」と悩んでいた彼ですが、そこから「自分には人を励ますことができる」と考え直し、おおらかに自分の体験談を語るようになりました。
そんな四肢のない彼に対し、五体満足の高校生たちが「人生でやることが見つからない。人生を生きる意味がない」と悩みを訴える図は少し滑稽ですらあります。
ブイヂさんは、クイーンズランドのランコーン州立高校時代にはスクールキャプテン(生徒会長)に選出され、地元の慈善団体の資金調達イベントでも働きました。身のまわりのことは全て自分で行い、21歳でグリフィス大学を卒業。専攻は会計学と財務計画でした。
日本人女性と結婚し、2児の父親になるこれまでに講演したのは世界57カ国、聴衆はのべ3万人にのぼります。施設や学校、刑務所もいとわず、行く先々で人生に意味のあることを訴え続けます。
2012年には米カリフォルニア州で日本人女性と結婚し、翌年には長男のキヨシ君が誕生。2015年夏には2児の父親となりました。「自分の子どもをどう抱きしめればいいのか」と自問した彼は、「腕がない分、心で抱きしめればいいのだ」と結論づけたそうです。
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