近年、辞典・辞書がかわいく、ファンシーになってきているのにお気づきだろうか? 2015年8月、『現代実用国語辞典 第3版』(学研)、『大きな字の現代実用国語辞典 第3版』(同)が、老舗英国ブランド「ローラ・アシュレイ」とデザインコラボレーション。翌月に発行された、『くまモン! これ英語でなんていうと? 英和・和英じてん』(同)の表紙には、ゆるキャラ・くまモンの笑顔が大きく躍っている。
また、従来その引きやすさ、理解しやすさに定評のあった『プログレッシブ中学英和・和英辞典』(小学館)は、少女コミック誌『ちゃお』の付録デザインチームがパッケージデザインを担当し、紙ケース、表紙、本文の刷り色に、水色、ピンク、パープルなどフェミニンな色を中心に使用した「Charming Edition(チャーミングエディション)」を2015年12月に刊行。表紙には、独特の質感と汚れにくさから手帳にも使われる「ディー・エンボス」という加工を施すなど、装丁の随所に“キラキラ感”を凝らしている辞書だ。
学習参考書業界においては、2003年秋に発売された二次元美少女が英単語学習をナビゲートする『もえたん』(三才ブックス)が、第1作と第2作の累計発行部数で40万部を超える大ヒット。
さらに、ファッションブランド「CECIL McBEE(セシルマクビー)」とコラボした中学生向け学習参考書シリーズが刊行されるなど、学習意欲を喚起するためにパッケージにかわいさを取り入れるという動きは一般化してきている。ただ、ある意味“権威の象徴”的イメージもある辞書においても、ファンシー化が進んでいるという事態は一体何を意味するのだろうか。
日販の『出版物販売額の実態(2015年版)』によると、2001年から2014年までの書店における辞書の売上高は、久しぶりに改訂された辞書の発売年などに若干の上昇はみられるものの全体として低調傾向にある。
周囲に学校の多い東京都内の駅ビル内の書店に勤める男性(学習参考書・辞書担当)によれば、「学生向けの電子辞書が普及してきた2007年頃に辞書のコーナーを若干縮小させました。辞典はお客様が個別で注文してくださるケースも多いので、店頭に出す分は減らすという判断です」という声も。
辞書のユーザーとして大きな存在である「学生=若者」だが、彼らが紙の辞書を引くかわりに、電子辞書はもちろん最近ではスマートフォンを使うということは容易に予測できる。近頃の若者はやはり“辞書離れ”しているのだろうか? 電通若者研究部(電通ワカモン)代表の吉田将英さんに話を聞いた。
「知りたいと思ったら即スマホで調べる世代の若者にとって、紙の辞書を引くよりも、スマホでサクッと検索するというようなことはよくあることだと思います。その好奇心の初速に、紙の辞書は持ち運びや利便性のうえでどうしても間に合わないことが多い。
一方で、少し前に元素記号を、それぞれの特性を反映した女性キャラクターで覚える本(『元素周期 萌えて覚える化学の基本』<PHP研究所>)が若者の間で話題になりましたが、“what to remember(何を覚えるか)”よりも“how to remember(どうやって覚えるか)”ということを重視している人は若者の中にも確実にいます。
そういう学びのプロセスや環境を大事にする層には、言葉のストレートな解釈や定義を説明している辞書よりむしろ、編者の個性を打ち出したり、物(ブツ)を所有する喜びに訴えかけたりするような辞書のほうがスマホと差別化できるかもしれませんね」(吉田さん)
また、著書に『学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方』(角川学芸出版)があり、所有する辞書が200冊にものぼるお笑い芸人のサンキュータツオさんは語る。
「かつては、辞書が競い合っていたのは『収録語数の多さ』でした。しかし収録語数が多いから単純にいいという時代は終わり、各社によってほとんど変わらないとされる辞書の総ページの範疇で、ウチは新語に力を入れる、ウチは言葉のニュアンスの説明に力を入れる…などとそれぞれの個性を際立たせてきました。そのうえで、営業力のある出版社の辞書が売り上げを伸ばしてきたこともあり、編集者も辞書を作るだけでなく売ることを考え始めたというのが今の状況だと考えています」
タツオさんがとくにコレクションに力を入れているという国語辞典においては、近頃プロモーションもユニークだという。
「2010年に『明鏡国語辞典』(大修館書店)がタレントのベッキーさん、2014年に『三省堂国語辞典第七版』(三省堂)が阿川佐和子さんをプロモーションに登場させたのは驚きでした。ただ、もっとも衝撃的だったのは厳格なイメージのあった『岩波国語辞典新版』(岩波書店)が、紙ケースに華やかなピンクの帯とキラキラ反射するストライプ柄を入れて発行したことです。
装丁のデザインや帯の文章、つまり辞書の見た目には編集者の思いがいちばん凝縮されています。ファンシーな見た目の辞書が増えているのだとしたら、それは編集者の“誰に届けたいのか”という意識の表れでしょう」(サンキュータツオさん)
無機質で堅いイメージから、ファンシー化が進み個性的に進化し始めた辞書。「人は見た目が9割」というが、これからは辞書も「見た目」で選ぶ時代なのかもしれない。