東京大学の卒業生が学業に秀でているのは自明だが、社会へ出た後に「富裕層」に括られるほどに蓄財できるものなのか――。長年にわたってお金持ちの研究を続けてきた京都女子大学の橘木俊詔客員教授の高額納税者のデータを基にした調査(表参照)によると、医師以外の職業における高額納税者は、慶應義塾大、早稲田大をはじめとする有名私学が6位までを占めている。東大は、京都大、大阪大といった旧帝国大学2校とともに、かろうじて7位にランクインしているにすぎない。
「この順位は、東大が官僚養成機関として設立されたことが関係しています。昔の東大生は中央官庁を目指す人材が多く、事務次官クラスでも年収は2000万円程度でしかないのです。大企業のトップや起業家には到底及ばず、お金持ちになろうとしたら、退官後に天下りを繰り返すしかありません。しかし、国民の厳しい批判にさらされて天下りそのものが徐々に厳しくなり、お金持ちになる道が狭まっているのが現状なのです」(橘木教授)
その一方で気になるのが、ランキングでトップの慶大で、橘木教授は「三田会の存在抜きに考えることはできません」と指摘する。三田会は言わずと知れた慶大のOB会で、30万人以上いる卒業生である「塾員」は、「地域三田会」「勤務先別三田会」など900近くある三田会のどこかに所属している。なかでも勤務先別三田会が、トヨタ自動車、三井物産、三菱東京UFJ銀行など名だたるトップ企業のなかで組織されていることが大きい。
なぜなら、そうした勤務先別三田会によって、仕事でのコネクションづくりをはじめ、有形無形の恩恵がもたらされていることは想像に難くないからだ。「こうしたネットワークの優位性やブランドを魅力に感じる地方の企業経営者や資産家が、子弟を東大よりも慶大に入学させたがる傾向が強いのです」と橘木教授は語る。結果、地元に戻って親の事業や資産を継げば、新たな慶大出身のお金持ちが誕生する好循環が出来上がっているのだ。
もっとも、お金持ちといってもピンからキリまであって、世界中を見渡すとピンは何百億、何千億円どころか、数兆円クラスの超富裕層がごまんといる。そして、その超富裕層の大半は、マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏をはじめとする起業家たちによって占められている。橘木教授も「お金持ちになる1番の近道は起業で成功することです」という。
日本でもそれは同じで、米「フォーブス」誌が発表した2015年の日本版長者番付を見ると、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長の約2兆5109億円を筆頭に、5位のキーエンスの滝崎武光名誉会長までが資産1兆円超のスーパーリッチ。10位のセブン&アイ・ホールディングスの伊藤雅俊名誉会長でも4522億円の資産を持ち、この大半が起業家なのだ。
面白いことに出身大学を調べると東大卒は見当たらない。最も多いのが慶大だが、それでも2人にとどまる。あとはバラバラで、早大もいれば、カリフォルニア大学といった海外の大学の出身者もいる。そのなかに工業高校の出身者がいることも目を引く。起業での成功と学歴の間に相関関係を見いだすことはできないかもしれないが、東大OBたちはどういう意見を持っているのだろう。
東大法学部を1986年に卒業し、大手損害保険会社で管理部の次長を務めている浅田健さん(仮名)は、在学中の周囲の雰囲気を振り返りながら次のように語ってくれた。
「当時、法学部では官僚になって国を動かしたいと考えている人間が少なからずいました。その一方で、起業しようと考えて東大に入ったという人間に出会ったことはありません。早慶や他大学から成功した起業家が輩出されているとしたら、それは第1志望であった東大に行けず、入社した企業でもどこまで出世できるか先が見え、起業で見返してやろうという気持ちが働いていたのではないでしょうか」
浅田さんと同期で経済学部を卒業し、大手化学メーカーで経営企画部長の職にある戸塚利幸さん(仮名)も語る。
「東大というブランドがあれば、どの業界でもトップ企業に就職するのに有利です。人並み以上の給与をもらえて、潰れる心配のない企業に入れるのに、わざわざ“千三つ”といわれるような高いリスクを払ってまで、起業を選択することはまず考えられません。人生の収支計算を考えても、東大卒での起業は到底割に合わないでしょう」
たとえ官僚の道に進まなくても、民間企業における東大卒というプライオリティは行使すべしというのが、浅田さん、戸塚さんに共通した考えのようである。また、2人の次の話を聞いていると、東大卒の人間は組織にいてこそ自分の力を発揮でき、自ら率先して新しい境地を切り開くことを苦手にしていることがわかる。
「子どもの頃からテストの意図を理解して、すぐに正解を導き出せました。その能力は社会人になっても生きていて、組織が求めることが何かを瞬時に理解し、それに応える能力に長けています。そういった順応力をフルに生かすにはやはり組織にいるのがベストなのではないでしょうか」(浅田さん)
「東大で学んだことは理屈でしかなかった。しかし、理屈だけでは人は動かせません。だから、大勢の人を巻き込んで、新しいレールを敷く起業には向いていないのです。最初からレールの敷いてある企業で、東大の“プラチナチケット”を使い切るのがベストだと思っています」(戸塚さん)
もっとも、浅田さんにしても、戸塚さんにしても、東大を卒業したのは30年近く前のこと。その後、バブルの崩壊があったり、経済や社会環境は激変している。そのことは浅田さんも認識していて、東大出身者の意識の変化について次のように話す。
「若い世代の意識の大きな転換点となったのが、98年に発覚した大蔵省の接待汚職事件です。これを機に官僚の力が弱まり、法学部のなかでも官僚を目指す人間が減りました。官僚になっても外資系の金融機関やコンサルティング会社へ転職する者が増えています。東大中退ながら、ホリエモンのような先例も生まれ、『自分も起業したい』と考える者も現れているようです」
そうした浅田さんの見方を裏付けてくれるのが、2億~3億円以上の純資産を持つお金持ちを顧客にし、仕事や生活などさまざまなシーンでの彼らの問題解決を事業にしているルート・アンド・パートナーズの増渕達也社長だ。
「私自身も東大卒で、92年に卒業する際には霞が関のほうを向いている友人が多くいました。しかし、いま現役の東大生に『財務省とグーグルのどちらを選ぶ?』と尋ねたら、グーグルに分があるのではないでしょうか。また、東大卒の起業家も続々と誕生しています。私の顧客を出身大学別に見ると東大がトップで全体の約10%を占めています。そして、そのうち3割ほどが起業家ないしは事業家なのです」
実は、13年度の大学別の卒業生の数を見ると、慶大・6694人、早大・9281人、そして東大が3129人。ざっくりいって、東大は早大の3分の1、慶大の2分の1の卒業生しか送り出してこなかったのだ。それでいて増渕社長の顧客の出身大学別ランキングでトップであるのなら、東大はお金持ち輩出率という点で意外と健闘しているのかもしれない。
それと増渕社長がいうように、実際に東大卒の起業家が続々と生まれ、なかには株式の上場を実現させ、将来の“ビリオネア”候補と目される若手経営者が現れている。デジタル画像処理技術を専門とし東大出身の技術者が中心のモルフォの平賀督基社長(40歳)、微細藻類であるミドリムシの研究、開発、販売を手掛けるユーグレナの出雲充社長(35歳)、情報キュレーションサービスを提供し2015年4月に上場したばかりのグノシーの福島良典社長(27歳)が、その人たちだ。
「世代が若くなればなるほど、官僚志向が薄れていきます。東大卒の顧客の皆さまの約3割が起業家や事業家だとお話ししましたが、近い将来7割まで増えていくのではないかと見ています」と増渕社長はいう。そうなると、フォーブスの日本版長者番付へのランクインもありえるのだろう。いずれは東大卒の超お金持ちが続々と誕生し、「なぜ東大卒はお金持ちなのか」といわれる日がくるのかもしれない。
・三木谷浩史[一橋大学]楽天会長兼社長/1965年3月生まれ
・柳井 正[早稲田大学]ファーストリテイリング会長兼社長/1949年2月生まれ
・毒島邦雄[桐生工専付属桐生商工学校]SANKYO名誉会長/1925年4月生まれ
・滝崎武光[尼崎工業高校]キーエンス名誉会長/1945年6月生まれ
・韓昌祐[法政大学]マルハン会長/1931年2月生まれ
・伊藤雅俊[横浜市立商業専門学校]セブン&アイ・ホールディングス名誉会長/1924年4月生まれ
・高原慶一朗[大阪市立大学]ユニ・チャーム取締役ファウンダー/1931年3月生まれ
・孫正義[カリフォルニア大学バークレー校]ソフトバンク社長/1957年8月生まれ
・佐治信忠[慶應義塾大学]サントリーホールディングス会長/1945年11月生まれ
・森 章[慶應義塾大学]森トラスト社長/1936年7月生まれ
参考:米「フォーブス」誌2015年日本の長者番付
注:桐生工専付属桐生商工学校は現群馬大学、横浜市立商業専門学校は現横浜市立大学
日本の長者番付トップ50は「フォーブスジャパン2015年7月号」へ
・モルフォ社長 平賀督基
1974年11月生まれ/2004年5月設立/2011年7月上場/会社の株式時価総額:316億1900万円
・ユーグレナ社長 出雲 充
1980年5月生まれ/2005年8月設立/2012年12月上場/会社の株式時価総額:1508億3800万円
・Gunosy社長 福島良典
1988年2月生まれ/2012年11月設立/2015年4月上場/会社の株式時価総額:397億3000万円
※会社の株式時価総額は2015年5月29日現在