<ねこ派? いぬ派? しか派!!>
帯に踊る斬新な(?)問いかけに、ハッとする。
そんな「派」もあったのか!
そして、表紙に写る、まるでニッコリ笑みを浮かべているような表情の鹿を見ていると、思わず、言いたくなる。
写真集「しかしか」。タイトル通り、鹿の写真集である。
撮影者の石井陽子さんは、奈良や広島在住というわけではない。では何がきっかけだったのだろうか。石井さんに聞いた。
「2011年の3月に奈良へ出張したときに、せっかくなので写真を撮ろうと、早朝、街に出てみたんです。すると、交差点の真ん中に立つ鹿のカップルと出会ったんです。その堂々とした姿に、人が消えた街を鹿が占領しているヴィジュアルが浮かびました」
「街の中に野生動物がいる」、というシチュエーションに、まずひかれた。そう言われてみれば、本写真集の写真には、人間は写り込んでいない。自動販売機の前の鹿、ビルの入口の鹿、工事現場の鹿、公衆トイレに入っていく鹿……そこに人間はいない。“鹿・イン・文明社会”といった、どこか不思議な光景が続く。
今回の写真集に収録されているのは、前記のとおり奈良と広島の鹿だが、石井さんはこの写真集には収録されていない他の地方に棲息する鹿の写真もたくさん撮影している。
「北海道の道東、宮城県の金華山、長崎の五島列島、沖縄の慶良間諸島などでも撮影しています。日本にいる鹿は、外来種のキョンを除くとすべて『ニホンジカ』なのですが、奈良や宮島の『ホンシュウジカ』、体長が最大の北海道の『エゾジカ』、最小の慶良間諸島の『ケラマジカ』、さらに『キュウシュウジカ』、『ツシマジカ』、『ヤクシカ』、『マゲシカ』の7亜種に分けられます」
同じ亜種のホンシュウジカでも、広島と奈良の鹿にも微妙に違いがあったりもする。
写真集『しかしか』は、祖父江慎さんが装丁を手がけている。写真集のコンセプトも、祖父江さんのアイデアが活かされている。
そして、「まずは多くの人が共感を持ちやすいアプローチがいいだろうと」という判断に石井さんも賛同、判型やタイトル、書体にいたるまで、「カワイイ」にこだわった写真集ができあがった。
もっとも、鹿にはカワイイだけでない側面もある。今回の写真集では社会性を前面に押し出さなかった理由について、「とかく鹿は悪者にされがちですが、一度、ニュートラルな視点で見てほしいなと思ったんです」と石井さんは言う。
被写体としての鹿には、撮影に困る習性がある。
今回の写真集の石井さんお気に入りのショットは、写真集の最後を飾る『こちらは出口です』と書かれたゲートから「入場」する鹿の写真。
「人間の決め事なんて関係ないという、涼しい顔をして入ってくるところが気に入っています」
そんな石井さんの写真展「境界線を越えて」が、1月19日まで開催された銀座ニコンサロンでの展示に続いて、大阪ニコンサロンで2月4日から10日まで開催される。
石井さんは、今後も鹿の写真を撮り続けていく。