環境対策としての新世代パワートレイン、安全性能としての自動運転テクノロジー……もはや一社で対応できるレベルを超えた要求が市場から寄せられている自動車業界において再編の動きは活発化しているようです。
日本において、その中心となっているのはトヨタ自動車。現在、日野自動車とダイハツ工業を連結対象としているほか、富士重工業の筆頭株主(16.48%・2015年9月30日現在)ともなっています。
いまや、日野自動車やダイハツ工業はトヨタの一員という印象ですが、もともとは完全に別の会社で、日野自動車とは1966年に、ダイハツ工業とは1967年に業務提携をしたのが始まり。ダイハツとの提携において、当時の豊田英二社長が「外資の攻勢に対する防波堤の役を果たしたい」と語ったように、国産自動車という業態を守るための提携だったと言われています。
こうして1960年代に結ばれた日野自動車、ダイハツ工業との提携は、後に連結対象子会社になるほど密接になるわけですが、その歴史においては意外な事実もありました。
まったく縁がないと思われていたスズキが関係してくるのです。
軽自動車の規格が550ccに拡大された1976年。その年にデビューしたスズキの新型車「フロンテ7-S」の一部には、ダイハツがフェロー用に生産していたAB型エンジンを購入して、載せるということがありました。これはスズキによる排出ガス対策としての4サイクルエンジン開発の遅れをカバーするため、豊田英二氏の仲介により実現した、救済策だったといいます。
もともと、トヨタとスズキというのは自動織機の製造に始まるという点でも、また地域的にも近い企業。このエンジン供給の以前にも、戦後の労働争議時代に経営危機となった鈴木自動織機が、豊田自動織機の仕事を請け負うことで危機を脱したというエピソードもあるほどで、歴史的にも関わりの深い両社だったのです。
それはさておき、トヨタが日野自動車と業務提携をして半世紀。いっそうのグローバル化に対して、日本の自動車産業では大きな再編が行なわれることになるのでしょうか。
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トヨタとダイハツ提携の歴史にはスズキとの関わりもあった(http://clicccar.com/2016/01/27/351405/)