秘宝館をはじめとしたB級スポットにラブホテル、暴走族が特攻服に刺繍する詩、そして最近ブームのような雰囲気になりつつあるスナック……。
誰もが存在は知っているもの。だが、そこに価値や美を見出す人はおらず、下手をするとバカにすらされていたもの。そんなものに次々と着目し、書籍などの形で発表してきた都築響一。
彼が自身の仕事について語りおろした本が『圏外編集者』(朝日出版社)だ。彼は取材を受けると、「どうやってネタを探すんですか」「どうやったらそういうふうにスキマ狙いできるんですか」とよく聞かれるそうだが、本書にはそのような仕事のノウハウやコツなどは書かれていない。彼の仕事を支えているのは、ノウハウやコツというより“信念”のようなものだ。
本を作るときに、企画書は書かない。すんなりと計画や道筋が立てられるものは、誰かが調べた情報が先にあるということで、その時点で企画は新しくないから。
無名の画家を取材しようかと思ったときは、「その人の絵を自腹で買えるほど好きなのか」と考えて、買えるなら取材する。いきなりネットでその人のことを調べたりはしないで、作品と向き合いアタマとフトコロでジャッジする。
知らない場所に取材に行って、昼飯時に「食べログ」とかをチェックする編集者を絶対に信用しない。とにかく自分で選んで食べてみる。嗅覚を磨く、舌を肥やすとは、そういうこと。云々……。
いずれの言葉も、真摯で重い。筆者も出版業界で仕事をしている人間だが、“読んでいて身の引き締まる思いがした”なんて感想では片付けられない重さだ。
なぜ、ここまで言葉が重いのか。それは、誰に頼まれるでもなく、お金や名声のためでもなく表現を続けてきた、“名もないストリートのつくり手たち”に、彼が取材を通して正面から向き合ってきたからだろう。
都築氏は実際、“言論統制の厳しいモスクワで、コピー機も使わずに限定5部のロック・マガジンを手作りしていた革ジャンの兄ちゃん”のことを思い出し、「あいつに恥ずかしいことだけはできない」と心の迷いを捨てることがあるそうだ。
お前は、スゴいと思った人・憧れている人に、恥ずかしいような仕事や生き方をしていないか……? そう問いかけてくるようなこの本だが、その問いに正面から向き合い続ければ、本書は読者にとっての“モスクワの革ジャンの兄ちゃん”になるはずだ。
文=古澤誠一郎