いつ誰の身に降りかかるかわからない介護問題。まだまだ元気だと思っていた親が急に脳卒中などで倒れてしまったり、転倒による骨折で歩けなくなってしまったり……心の準備ができていない状態で介護生活に入ることも多い。なんの準備もなく介護生活をすることになった時、自分で介護はできるだろうか、親のために適切な介護サービスを利用してあげられるだろうか、不安に感じる人はいるだろう。
いまはまだ介護をする準備はしていないが、そのうちに自分が介護をする可能性があるという人に、ぜひ目を通してほしいのが『介護ビジネスの罠』(長岡美代/講談社)だ。本書は一見優しい介護ビジネスの裏側にある罠について書かれている。
本書で問題の一つとされているのがサービス付き高齢者向け住宅、通称“サ高住”の乱立による介護サービスの劣化だ。
サ高住とは2011年10月に制度化された新しい老人ホーム類型である。安否確認と生活相談サービスがついたバリアフリー対応の集合住宅のことをいい、デイサービスなどの介護事業所を併設していることも多い。国から一戸あたり、最大100万円の建設補助があり、建設会社も土地のオーナーに対して「今後も高齢者は増え続けます。いまがビジネスチャンスです」などと呼びかけ、高齢者を儲けの道具としか考えていない事業所などの安易な参入も目立つ。
本書に書かれている、サ高住に住む人の例を紹介しよう。
三重県で1人暮らしをする佳子さん(85歳、仮名)は認知症が進行したため、家賃の安さを理由に県内にあるサ高住を利用することになった。
自宅と同じ扱いのサ高住では、家賃を払って居室を確保し、介護サービスは個別で契約が必要となる。どんなサービスをどのぐらいの頻度で利用するかは、ケアマネージャーと相談し、ケアプランに落とし込み、それに合わせてホームヘルパーは動く。佳子さんの場合は、ホームヘルパーは以前と変わらない事業所にお願いすることもできたが、サ高住の担当者から「うちのヘルパー(訪問介護事業所)を使ってください」と強く勧められ家族は承諾。しかし、ケアマネージャーは以前のまま変更をしなかった。
ある日、家族が佳子さんの面会に出掛けた時のこと。その日はケアプラン上、1時間のサービスが提供されることになっていたのに、20分ほどで引き上げていくヘルパーの姿を目撃する。ケアプランで決められた時間通りにサービスを提供していない疑いがあり、家族は以前、利用していた外部の訪問事業社に変更した。
しかし、問題はここからだ。
「お母さまの行動に落ち着きがなく、職員は対応に困っています」と佳子さんの家族にサ高住の職員から連絡が来るようになる。外部の訪問事業社に変えたことがよほど気に入らなかったのだろう。批難するような口調で、家族だけではなくケアマネージャーにも何度も連絡をしてきたという。
最終的に職員から「他の利用者にご迷惑がかかりますので、すぐに退去されるか、ケアマネージャーを当社に変えるか検討して下さい」と、家族に向けて、佳子さんを追い出すような連絡が来た。家族は、佳子さんを新しい施設に入居しても馴染めるかどうかもわからず、悩んだ末、現在のサ高住に留まり、ホームヘルパーを再び併設事業社に変更。お世話になっていたケアマネージャーを解任することにした。
サ高住に介護事業所を併設し、入居者を囲い込めば、退去するまで継続して介護報酬を得られ、戸建て向けにサービスを提供するよりも移動コストがかからず効率も良い。そのため、事業所を自由に選べますと表向きは謳っていても、併設事業所を利用するように誘導する“囲い込み”を行う施設は多い。
しかし、囲い込みを行うことにより、外部からの目が届きにくく、不正の温床になりやすい。結果的にサービスの劣化に繋がってしまう。夜中に高齢者を無理やり起こして排泄をさせるなど、介護保険の利用額ぎりぎりまで入居者にサービスを使わせる介護漬けや、人手不足を理由に居室の外側から鍵をかけて外に出られなくする軟禁などが起こっても気付くことができない。もちろん、サ高住の全てが悪とは言えないが、劣悪なサービスに陥りやすい環境を作っていると言えるのではないだろうか。
今回、紹介したサ高住の乱立による介護サービスの劣化は、介護ビジネスにおける闇の一部でしかない。
まだまだ考えるのは早いと思っていても、いつやってくるかはわからない介護問題。人生の最後になって親を苦しませたくないと考えるのならば、いまから情報収集しておくのも悪くはないだろう。
文=舟崎泉美