編集部より:東京23区を様々なデータで解析、パブリック・イメージとは異なる実相を浮き彫りにした『23区格差』 (中公新書ラクレ)が話題の東京23区研究所所長・池田利道氏に寄稿いただきました。
男女比はそもそも“アンバランス”である
たとえば5歳未満に絞って性比をみると、全国、東京23区ともに104.8と男性の方が多い。男の子の方が多く生まれるのは、男性は女性より死亡率が高いことを見越した「神の摂理」によるものだろう。実際、「神の摂理」そのまま、年齢が高くなるに従って性比は低くなっていく。かつては、ほぼ結婚適齢期で性比がバランスしていたが、医療水準が向上した今日では、全国平均で見ると50歳を境に100を下回り、女性の方が多くなる。ちなみに、長寿国である日本の性比は94.8。東京23区なら97.3と女性の方が多い。
現在の東京は「女性」超過
前置きが長くなった。東京23区を見てみよう。仕事の機会が豊富な東京も、かつては男性優位の社会だった。第1回の「国勢調査」が行われた1920(大正9)年の東京都(当時は東京府)の性比は112。その後も長く男性超過の時代が続く。しかし2000年に、東京都の性比は100を下回り、ついに女性の方が多くなる。23区に限ってみれば1990年から女性過多が続いている。
男性超過1位の「台東区」、女性超過1位の「目黒区」
なぜ、23区にはこんなに男女比のアンバランスさが存在しているのだろうか。台東区の性比が飛び抜けて高い背景には、圧倒的な男社会である山谷の存在が無視できないと思われるが、23区全体として、もっと正確な答えを探るためには、性比が低い区のほうをみていった方が分かりやすい。
23区で一番性比が低いのは目黒区だ。以下、港、渋谷、文京、世田谷と続く。いずれもいわゆる山の手に属し、各種調査の「住みたい区ランキング」上位のブランド区なのはみなさんもお分かりだろう。ぜひ「港区904万円、足立区323万円(所得水準)」のオビの文字が躍る拙著、『23区格差』をご覧いただきたいが、データから見てもこれらの区は、高所得、高学歴、高職種の「三高」を体現する、いわゆるあこがれのまちだ。
23区で性比が生まれる理由
しかし女性は、このハードルを軽々と乗り越える。それは治安や環境を優先する、という考えなのかもしれないし、単なるブランド志向かもしれない。とにかく希望を実現に結びつける実行力が備わっているのは確かだろう。
一方の男性。こちらは希望をあくまでも希望としてとどめ、実利を優先する傾向が強いようだ。実際、性比が高い区を見れば、大田区など、ものづくりの蓄積などが豊富で地元雇用力が高いまちや、豊島区などのように都心への通勤が便利なわりに地価・家賃が安いまちなど、まさに実利優先の区がズラリと並んでいるのがよくわかる。
男と女の間に横たわる本質的な違いがこの性比の差を生んでいる。そう考えてみれば、なんとも興味深くはないだろうか。結婚適齢期の男性に出会いたいなら「豊島区」に行け!?
注目していただきたいのは、年代によって性比の高い区が入れ替わっていくこと。
まず20代前半では文京区。これは同区が学生のまちであることと深く結びついている。20代後半になると、千代田区の性比が突出する。これは企業の独身寮の存在が無視できないと思われる。かつてほどではないにしても、今でも23区に住むひとり暮らしの男性、その6%以上が独身寮で暮らしている。実際、千代田区はその割合が約2割にまで及び、23区で一番独身寮の集積が多い。
本稿のテーマである「結婚に結びつく出会い」となると、対象はもう少し年齢層が高くなる。そこで図3で、30代から40代前半の「結婚適齢期」の性比を見てみよう。一目瞭然だが、豊島区の性比が最も高い。都心への交通の利便性に優れ、独身者向けの手ごろなアパートやマンションが多い豊島区は、実利優先の男性にとって格好の住まいの場となるようだ。その結果、豊島区は30代~40代前半に、男性が女性より2割近くも多い23区最大の男余り社会の様相を示す。もし単純に、婚活願望の強い女性が結婚適齢期の男性に出会いたいというだけなら、データ上では豊島区に向かえばいいということになる。
「女性の未婚率」増加が教えてくれること
その背景には近年における女性の社会進出や、企業や家庭での役割の変化など、いろいろな要因があるだろう。とはいえ、女性においても結婚願望そのものは変わらず世間に存在しているはずだ。14.6%の数値が、もし女性側の「あきらめ」の結果であるとしたら、男性や企業など、見守る周辺のほうに責任があるのも事実ではないだろうか。
性比で見れば、男性や女性との出会いが多い区、少ない区は確かに存在する。しかし、区境を越え、人が当たり前のように流動している東京23区で、現実として、豊島区の男性が将来の伴侶を豊島区の中だけで探し求めることは考えられない。
むしろ、自治体や社会などの周辺が、その差が存在している事実を理解し、現実としてそれを有効にする施策や仕組みを考えていくことが望まれる。いつの時代でも、どのまちでも、未来を切り拓き、未来の文化を創り出して行くことができるのは若者たちだ。彼らをあきらめさせない社会にできるかどうか。そこに東京23区や日本の未来がかかっている。
(いけだ・としみち)1952年生まれ。一般社団法人東京23区研究所所長。東京大学工学部都市工学科卒業、東京大学大学院都市工学科修士課程修了後、財団法人東京都政調査会研究員を経て、財団法人東京都市科学振興会事務局長・主任研究員。89年より株式会社マイカル総合研究所主席研究員、94年に株式会社リダンプランニング、2011年に東京23区研究所設立。現在、まちづくりホームプランナー事業協同組合専務理事やUR都市機構まちづくり支援専門家などを務めながら、23区を中心とするマーケットデータの収集・加工・分析を手がける。
23区格差 (中公新書ラクレ 542)posted with amazlet at 16.02.19池田 利道