毎年この時期になると読む本がある。『野球の国』(奥田英朗)というエッセイ集だ。作家で熱狂的中日ファンの奥田氏が、沖縄、四国、東北、九州、果ては海外まで、わざわざキャンプや試合を観にいく。現地で野球を観たあとはマッサージでくつろぎ、美味いものを食う「おっさん一人旅」。10年以上も前に出た本だけど、毎年2月のキャンプシーズンになると読むようになった。恒例行事です。野球に飢えた体がこのエッセイを欲するのです。
たかだか普通の野球ファンでもそうなのだから、今あの人はどう思っているのだろう。清原和博容疑者である。もう、いろいろ書くのはめんどくさいので「キヨハラ」と書くことにする。
■ダルビッシュの発言に希望キヨハラの罪は「今後の我々の人生にふっと暗い影を落とす罪」でもある。2月2日以降ずっとそう考えていた。これから日々の野球をみているときにふいにキヨハラを思いだすことがあるだろう。日本シリーズやオールスターゲームなどの大舞台ならなおさらだ。ましてや甲子園球場で高校生スラッガーがホームランを打てば打つほど「キヨハラ」を思い出すだろう。暗い影とやるせなさをその都度感じることになる。「単なる一人の野球選手の破壊ではない。野球を愛したファンの思い出の破壊でもあるのだ。」(Number896号・鷲田康)という言葉そのままだと思う。思い出にボカシが入ってしまう。
だからあえて言うのだけど、キヨハラには「我々のために」きちんと再起してほしいのだ。レンジャーズのダルビッシュ有投手はキヨハラの件について「セカンドチャンスを与える社会になっていかないと」「こっち(メジャー球界)では、そういうことをやった選手も、もう一度チャンスをもらえているわけですから」と発言した。希望がみえる言葉だ。
私も思うのです。清原には野球しかない。野球界復帰しかない。このままだとおそらく社会に復帰しても好奇の目が集中し、でも周囲からは人も仕事も減っていくという悪循環が待ち受けているはず。いっそう孤独を感じてしまうかもしれない。そんなときにまたよくない人たちが近づいてきたらアブない。
だからこそ野球なのだと思う。ホントはダルビッシュの言うようにプロ野球ならベストなのだろうけど、私が思うのはまずは草野球だ。キヨハラはどこかの草野球チームに入れてもらって野球をしてほしい。野球ができて、仲間とワイワイできる環境をつくってほしい。そうすればもしかして……と思う。
図々しいことをもう一度言いますが、キヨハラは我々の思い出のために再起してほしいのです。
著者プロフィールお笑い芸人(オフィス北野所属)
プチ鹿島
時事ネタと見立てを得意とするお笑い芸人。「東京ポッド許可局」、「荒川強啓ディ・キャッチ!」(ともにTBSラジオ)、「キックス」(YBSラジオ)、「午後まり」(NHKラジオ第一)出演中。近著に「教養としてのプロレス」(双葉新書)。