2016年2月初め、農林水産省が管轄する国立研究開発法人農業環境技術研究所は、「花粉を運ぶ昆虫等(送粉者)が日本の農業にもたらしている利益(送粉サービス)」の経済価値は、 2013年時点で約4,700億円に達するという試算を発表した。主に昆虫による花粉の媒介が日本の農業にどれだけ貢献しているのかを、具体的に全国規模で推定したのは、これが初めてという。
(農業環境技術研究所によるプレスリリース http://www.niaes.affrc.go.jp/techdoc/press/160204/)
約4,700億円という金額は、日本の耕種農業(要するに、畜産などを除く、植物を育てる農業)の産出額の8.3%に相当する。これは農作物(植物)全体でみた場合の割合で、例えばコメ(イネ)は花粉媒介を風に頼る「風媒花」なので昆虫は関係ないのに対して、リンゴやナシなどのバラ科の果実類、メロンやスイカなどのウリ科、トマトやナスなどのナス科の果菜類などでは、昆虫の花粉媒介に頼るパーセンテージはもっとずっと高くなる。
なお、こうした受粉のプロセスに関しては、セイヨウミツバチによる養蜂業や、マルハナバチを使った専門のサービスなどもあるが、やはり主力となるのは自然の昆虫。農業環境技術研究所では、先の約4,700億円の経済価値のうち70%(約3,300億円)は、野生送粉者が提供していると推定している。
このように、改めて花粉を媒介する昆虫等の価値が注目されるのも、日本だけでなく、世界中で、ミツバチほかの減少が問題になっているため。もちろんそれには環境の変化、都市化による食糧(花)の減少などさまざまな原因が考えられるが、なかでも農薬の影響は大きい。
特にミツバチへの農薬被害は深刻といわれ、ミツバチの大量死・失踪(蜂群崩壊症候群)の原因ではないかと考えられているネオニコチノイド系農薬の規制も始まっているが、根本的な解決には至っていない。なお、ネオニコチノイドは家庭用の殺虫スプレーなどにも含まれていることは多い。野生昆虫としては、ミツバチと並んで花粉媒介の主力になっているとされるマルハナバチも、やはり世界的に減少しているという。
仮にこのまま、送粉サービスを担う昆虫たちの減少が続くと、農作物の生産量が落ちたり、人工授粉のコストによって農作物の価格が跳ね上がったり、という問題が深刻化する可能性がある。たかが虫、と侮ってはいけない。ブンブンと忙しなく飛び回っているハチたちの仕事量は大変なものなのだ。
ちなみに、日本にいるミツバチは、在来のニホンミツバチと、近代になって養蜂のために移入されたセイヨウミツバチの2種。一時は、外来のセイヨウミツバチに押されてニホンミツバチは減少、などと考えられたこともあったが、セイヨウミツバチは、日本にいる最大の天敵スズメバチへの対抗手段を持たず、一方でニホンミツバチは巣作りにも柔軟性があることから、「野生のミツバチ」としては依然ニホンミツバチも勢力を保っている。
マルハナバチはミツバチより一回り、二回り大きなハチで、日本には20種類以上が生息。特に本州なら、コマルハナバチ、トラマルハナバチなどが一般的。ずんぐりむっくりでもふもふの毛が生えていて、よく見ると、テディベアのような愛嬌がある。
実際、ハナバチをはじめ花粉の媒介をする昆虫は、体に花粉が付きやすいよう、体が毛だらけのものが多い。例えばガーデニングを趣味としている人からの、「家の花壇にハチがいっぱい来て刺されるんじゃないかと不安です、退治の仕方を教えてください」なんて投書もネット上でよく見かけるが、花を育てる人が、花の重要なパートナーの虫を迫害するのはもってのほか。
そもとも、こうした「もふもふのハチ」は性格もおとなしいものがほとんどで、実際、蜜と花粉集めに一心不乱のマルハナバチなど、背中に触っても大丈夫なほど。一方で、スズメバチやアシナガバチは体の表面はツルツルなので、「もふもふか、ツルツルか」は、「怖いハチ・怖くないハチ」の簡単な見分けの一助にもなる。
暖かい日が多いおかげで、今年は東京近郊でも、2月下旬、すでにミツバチが活動を始めているのを見かける。農薬使用の削減など、大掛かりな対策ももちろん必要だが、それだけではなく、普段から地味に私たちの生活を支えているこれら虫たちを不必要に迫害せず、暖かく見守るようにしたい。