「着物業界」が衰退したのはなぜか? 「伝統と書いてボッタクリと読む」世界 | ニコニコニュース

『国宝消滅―イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機』(東洋経済新報社)
ITmedia ビジネスオンライン

 訪日観光客の間で「着物」がブームとなっているらしい。

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 2月10日の『朝日新聞』では、春節で訪れた中国や台湾からの観光客に京都の西陣織会館の「きものショー」が大盛況だと報じた。吹き抜けの2階部分や階段まで立ち見状態で、9日だけでも約1000人が押しかけたという。

 欧米からの観光客の日本土産でも「KIMONO」は鉄板ともいうべき人気を誇る。レディ・ガガが火付け役となった「着物風ウェア」人気の影響もあってファッションアイテムとして注目を集めているほか、「日本の伝統文化体験」の定番になりつつある。2015年8月の『日経新聞』では、浴衣の1日レンタルで観光を楽しむ訪日外国人客が一昨年より2倍に増えたという着物レンタル店の声を紹介している。

 そんな景気の良い話に水を差すわけではないが、「外国人に着物が大人気」「着物でおもてなし」などと能天気に浮かれていられない「不都合な真実」を指摘した本が先日、発売された。

 『国宝消滅―イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機』(東洋経済新報社)である。

 著書はこのコラムで何度か登場しているデービッド・アトキンソン氏。金融機関の不良債権問題を誰よりも早く指摘した「伝説のアナリスト」として活躍後、その経済に対する厳しい分析眼と、日本の伝統文化への深い造詣から、300年続く文化財修理会社の経営を託された異色の人物である。

 アトキンソン氏は新著で、「国宝」や「伝統文化」が生かし切れず衰退の一途をたどっている今の日本の現状に対してかなり厳しい苦言を呈しており、その中で、和装振興研究会の委員として、そしてひとりの着物愛好家として、「着物」という産業が抱える問題にも言及している。

 絹糸のほとんどは中国産です。(中略)それより驚いたことに、仕立ての半分以上は、ベトナムなど海外の職人が行っていると言われています。(P318)

着物のほとんどは「外国産」

 もちろん、西陣織などの「純国産着物」もないわけではないが、それらはほんのひと握りしかない。

 農林水産省によると、2014年の養蚕農家はわずか393戸で、生糸の生産量も27トン足らずとなっており、ピーク時の1934年(4万5000トン)から1600分の1に減少し、もはや「絶滅寸前」といっても差し支えない。

 つまり、流通する「日本の着物」の大半は、「中国産の糸」を用いて日本で仕立てたものか、ベトナムなど海外の工場で仕立てられたものだという現実があるのだ。

 着物に対してそこまで思い入れのない日本人なら「そんなもんでしょ」と特に驚くこともないかもしれない。が、日本文化に憧れ、遠路はるばるやって来た外国人観光客はどうだろう。「ワオ、ジャパニーズキモノだ」と喜んで買い求めたものが、実は「外国産」だと分かったら、ガックリしてしまうのではないか。要するに、中国人だろうが、欧米人だろうが、大半の外国人観光客がレンタルしたり、土産物として購入したりする「着物」のほとんどは、「外国産」なのだ。

 想像して欲しい。もしあなたが長い歴史を誇る国へ旅行して、そこでその国の人々が誇らしげにアピールする「伝統工芸品」を土産に買ったとしよう。

 ベネチアン・グラス、ペルシャ絨毯……なんでもいい。その「伝統工芸品」を日本に帰国して、包装をとって細かいところをよく見つめてみると、そこにはなんと「メイド・イン・チャイナ」というタグが――。

 道端にあるようなバッタモン屋で、二束三文で買ったモノならまだあきらめもつくが、格式のあるような店で購入し、売り子も「これが我が国の伝統なんです」なんてもっともらしいセールストークをしていたら、「詐欺じゃないか」とメラメラと怒りがこみあげるのではないか。

 まさしくそのような不信感が、2000万人にも届こうという訪日外国人観光客の間に広がってしまう恐れがあるのだ。

 「そんなことを言っても、日本の本物の職人がつくった着物はすごく高いんだからしかたがないだろ」なんて声が聞こえてきそうだが、アトキンソン氏はそのような考えこそが、日本人の間でも「着物」を疎遠にさせ、着物業界の衰退を招いたとみている。

 西陣織は1966年(昭和41年)に出荷量がピークを迎え、そこから減少に転じていくのだが、出荷金額のピークはその10年後というタイムラグが出ている。和装振興研究会の報告書を引用すれば、「出荷数量の減少を受けて、供給側が高付加価値商品にシフトしたことがうかがえる」のだ。

着物業界は「海外への丸投げ」を行っていた

 ただ、この「高付加価値」が曲者だ。「東京都中小企業種別経営動向調査報告書」によると、呉服業界の売上原価率は、昭和56年(1981年)度の64.2%から、平成25年(2013年)度には49.5%と大きく改善している。同時期の小売業の平均が68〜63%ということを考えると、尋常ではないほどのコストカットがなされているのだ。

 もうお分かりだろう。「海外への丸投げ」だ。日本人の着物需要が減っていくなかで、売り上げを維持するため、着物業界は「価格を上げ、原価を下げる」というともすれば「ボッタクリ」とも言えなくはない戦略をとったのだ。アトキンソン氏は、これが着物業界の衰退を招いたとみている。

 海外産で中身がともなわない「日本の伝統技術」をこうして売れば、原価率が低く利益率が高いので、当初はたしかに儲かるかもしれません。しかし、中身がともなわないので当然、目の肥えた、これまでの顧客からはそっぽを向かれていきます。しかも、値段が高いので新規顧客も入って来ません。じわじわと需要がおちこみますので、最終的に利益を減少していきます。(P320)

 産業として衰退していけば当然、「文化」も滅びの一途をたどっていく。着物を日常的に愛好するのはピースの又吉さんなど自分のスタイルを貫く少数派に過ぎず、テレビCMなど以外は、成人式や結婚式以外、街で和装の人を見かける機会は30年ほど前からぐんと減っている。ならば、外国人観光客の「着物ブーム」でも同じことが起きないとは断言できないのではないか。今は素直に「伝統文化」という金看板に飛びついてくれているが、やがて訪日観光客が3000万人、4000万人と増えていく中で、この「ボッタクリ構造」に気づく者も現われてくる。

 「KIMONO? あれは中国やベトナムの職人がつくっていて日本ではもう絶滅した文化だよ。東京を歩いてごらん、誰もそんなもん着て歩いてないだろ」。なんて会話が外国人観光客の間で交わされる日々もそう遠くないかもしれない。

●見て見ぬふりをしている「偽善」にも目を向けるべき

 最近やたらと「日本の文化はスゴい」「日本の技術が世界から大絶賛」という自画自賛の報道が目立つ。日本人としてなんとも気持ちの良いムードではあるが、「誇り」がやがて「おごり」となって、産業とそこに根付いていた文化を蝕んでいくというのは、日本の白物家電メーカーをみても明らかだ。

 そんなことを言うと、「こいつは反日だ」「日本の職人をバカにするのか」と怒りに震える方たちも多いかもしれないが、実は衰退している当事者たちがそれを一番よく分かっている。

 目玉が飛び出るほど高い高級な着物を仕立てる職人も、実はそれほど高い収入を得ていない。これは需要が少ないところに加えて、販売、流通などさまざまな人々が「中抜き」をしていることも大きいからだ。

 そのため、アトキンソン氏は、日本の職人文化を蘇らせるため、「品質の高いものを今よりも安く、正当な価格で提供をすることで、回転率を上げる」ことを目指していくべきだといっている。つまり、いままでのような「ボッタクリ」を止めて、市場価値に見合う適正な価格にすることで需要を増やし、職人たちの仕事そのものを増やしていくべきだと主張している。

 それが正論だということは当事者たちもよく分かっている。分かっているが、直視をしたくない。だから、文化財の世界の人たちの間では、こんな自虐的なジョークがあるという。

 「伝統と書いてボッタクリと読む」

 日本の技術はスゴい。世界に誇る歴史も文化もある。ただ、その一方でそろそろ誰もが薄々勘付いていながら、見て見ぬふりをしている「偽善」にも目を向けるべきではないのか。

(窪田順生)