経営大学院(ビジネススクール)で「ビジネス・コミュニケーション」という講座を担当している。使用言語が英語なので、留学生の受講も多い。今期は10名の学生が登録していて、そのうちの半数の5名がフランスからの留学生。他にバングラデシュ人、韓国人、そして日本人となっている。
プレゼンテーションとディスカッションが中心の参加型クラスで、他の国の人たちはどのように考えているかを知り、世界の人に自分の意見を効果的に伝えるにはどうすべきかを学んでいる。先日は「幸福」について議論をやってみた。その様子を一部紹介しよう。(文:小田切尚登)
バングラデシュ人「幸せすぎて気絶するほどなのに」アメリカのピュー・リサーチ・センターの調べによると、日本人で幸福に感じている人は全体の43%に過ぎないとのことだ。これは先進国の中で最低レベルの割合であり、アメリカ(65%)、ドイツ(60%)などよりずっと下だ。
日本より下なのは、経済危機に見舞われているギリシャ(37%)のみ。新興国でも中国(59%)、ブラジル(73%)、メキシコ(79%)、インドネシア(58%)等々、日本人より幸福に感じている国民が多い。インド(44%)、ロシア(43%)あたりが日本に近い。
我がクラスメイトの出身地をみると、フランス人は51%が幸福だと答えていて、ドイツより下だが日本よりは上。韓国は47%で、日本と大差ない低レベル。しかも韓国は自殺が世界で最も多い国の一つであり、千人当たりの自殺率は日本の約1.5倍となっている。お隣の国も幸福感がかなり低いといえよう。これについてこんな発言が出た。
「バングラデシュの基準からすれば、先進国の人は全員が夢のような生活をしている。私の国の庶民が日本人のような暮らしができるようになったら、幸せすぎて気絶してしまうかもしれない」(バングラデシュ人・W氏)
日本人「逆にフランス人は、仕事がなくてなぜ幸せなの?」「フランスの若年失業率は25%。日本は6%。フランスの就職椅子取りゲームでは、若者4人に対して椅子は3脚しかない。日本は貧富の差が小さいそうだし、医療費が安く、寿命が世界一だと聞く。人々は親切で治安が良く、生活も便利。留学生としてこちらにやってきて、本当に住みやすくて良い国だと実感した。なぜ幸福と感じられないのかわからない」(フランス人・A氏)
一方、韓国については、私がこう言った。
「過去半世紀で、世界で最も発展したのは韓国。第二次大戦後、一人あたり平均所得が1,000ドル、平均寿命が40歳代という時代が長く続いた。当時の韓国は、今のアフリカに多くあるような典型的な貧しい独裁国家だった。それが今や日本のライバルにまでになった。ほとんどの韓国人は、生活水準の大幅な改善を実感しているはずだ。」
議論は進んでいく。
「人生に生きがいを見出すのに、宗教は非常に大事。経済的にこれだけ豊かなのに『不幸だ』と感ずるのは、宗教心が欠けているからでは?」
バングラデシュ人で敬虔なイスラム教徒のW氏は、このように言う。グッドポイントだ。続いて韓国人の学生はこう発言した。
「社会の発展段階によって、人々の気の持ちようは変わってくる。人々が豊かになり、教育程度が上がり、社会が複雑になってくると、かえって不安が増大していくということがあるのではないか」
これも良い分析。フランス人が日本人よりも幸福に感じることについては、逆に日本人から「仕事がなくて、どうして幸せに感じられるの?」という質問を引き出すことになる。堂々巡りだ。
生活に満足するかどうかは「自分の内面」の話だ結局、こうやって議論をしていっても、全員が納得するような結論に到達するわけではない。しかし、議論によってお互いの理解が深まっていく、ということが大事だと思う。他人を知ることで、自分のことをよりよく知ることができる。
所得と幸福度は必ずしも比例しない、というのは良く知られた事実である。あるレベルまでは所得が上がれば幸福感も上がるという関係性が見られるが、それを超えると所得と幸福度の相関関係はほとんどなくなる。先進国の多くの人は「食べていくのがやっと」というレベルはクリアしているので、幸福感を得るためには、それ以外の「何か」が必要ということだろう。
環境を改善するのは大変なことだが、生活に満足するかどうかは自分の内面の話。小さいことに喜びが感じられるような性格であれば、ハッピーな人生を送れるだろう。そんなことを考えながら授業を終えた。
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